其の肆拾玖
『国王ウルラーが王都内の意に反する重鎮を粛正した』
そのことは早馬となって国中に伝わった。国王自らが早馬を立てて知らしたのだ。
だが国王が動かしたのは早馬だけではない。部下に命じて兵も動かした。
国内の何か所かで争いが生じたが、どれも王の腹心であるワハラの采配で勝利した。
攻勢に出る国王の様子に暗殺者を送り込む者も居たが、誰一人として王の寝室にすらたどり着けずに殺される。
城内を彷徨う踊る影と、その影を呆れた様子で探す武官。
あることを王に懇願され、それを『引き受けました!』と勝手に返事をした妻によって……ミキはしばらくの間、城内で獲物を狩る狩人を務めたのだ。
国王の迅速な行動で内乱にまで発展せずに反国王派は鎮圧されて行った。
ただ戦続きでは国内は澱み停滞する。それを打破する為に一計を案じたのもワハラだ。
『ウルラー王の挙式』
祝い事で負の空気を払しょくし、何より王妃を得ることを民たちに知らしめることで国の安定を伝える。
無論王を嫌う者たちの中にも、王に王妃が居たことを知る者も居たが……声高らかにその様なことを言い出す不届き者は居なかった。
何より前の王妃の姿を知る者はもう居ない。将軍イマームの軍によって彼女たちは捕らえられたからだ。
罪状は少し調べるだけで山のように発見することが出来た。
だから王は迷わず、王妃一族の者たちに対し『死罪』を言い渡したのだ。
粛々と全てが新しく塗り替えられていく。
過去を覆い隠すように、新しい王の色へと。
アフリズム王都は国王と王妃の挙式に向かい、否が応でも盛り上がりつつあった。
当日は王からの祝いの振る舞いとして酒と食べ物が配られると聞き、民たちはその日を指折り数えて待ち望んでいた。
「旅立つのかい?」
「ええ」
長いこと滞在していた若者の出立を気に掛け、宿屋の店主が引き止めた。
「折角もうすぐ国王様の結婚式だ。見て行って損は無いだろう?」
「ええ。どこか遠くから見れればと思ってます。でもここだと近すぎるので」
「そうかい。ならお前さんの旅に幸あらんことを」
「ありがとうございます」
人目を避けるように静かに部屋で暮らしていた若者は、背負い袋一つの旅姿で宿を出た。
その者は王と違い顔を知る者はほとんど居ない。何より死人だ。
王弟エスラーは、一度だけ城に目を向けて……そして背を向けた。
何日と悩み、母親を殺めたことを後悔し続けた。
だが時間と共に心が癒え、彼は自分が成すことを求めた。
『細やかであっても兄の役に立とう』
国の隅々を歩いて回り、王の元に届かない情報を送り続ける。少しは国の役に立てるはずだと……そう考えたのだ。
毎日コツコツと必要な物を集め、ついに旅立つと決めた。
「これからは人の為に」
気恥ずかしさからか囁くように声を出して、彼は前を見て歩き出した。
と、女性が歩いて来るのに気付き道を譲ろうとする。
だが相手も同じ方向へと動いたので……エスラーは女性とぶつかった。
「……こふっ」
腹に感じた熱い物に、喉を駆け上がる熱い物に……エスラーは女性に目を向けた。
「……死ね。この人で無しがっ」
自分を睨みつける相手の顔に覚えはなかった。
だが腹に突き立てられた小刀が何故か……それには覚えがあった。
「お前のせいで私の人生はっ! このっ!」
半狂乱となった女性に地面に倒され……そして何度も何度も自身に振り下ろされる刃を見た。
王弟エスラーに弄ばれた女性は身を隠すように生きていた。
そこに死んだはずの王弟を見つけたのだ。戸惑いと共に生じた感情は……とても黒々とした復讐心。彼女は迷うことなく刃物を掴み行動していた。
(ああそうか。この人は……)
自分の愚かな振る舞いで人生を狂わされた女性なのだと理解出来た。
(そうか。これが……因果応報か……)
回り回って自分に返って来た刃を、エスラーは物言わぬ躯になるまで見続けた。
「うふふ……あはは……あれですミキ」
「何だ?」
「もう興奮が止まりません! 良いんですよね? 今日は本気で全力で?」
「お前の好きにすると良い」
「いやっふ~! やりますよ……私は絶対にやりますよ~!」
何日も前から興奮でおかしくなっている妻の様子が限界だ。
血眼になった状態で、王城の前に作られた舞台を見つめている。
王が懇願しレシアが受けた頼み……王の挙式の華にと、最高の踊りを所望されたのだ。
「それにしても……」
普段なら城内の離れに居るシャーマンたちも全員呼ばれ、今は舞台で踊りや音楽、歌などを披露している。あれも十分に美しく、見る民たちの興奮は高まる一方だ。
「お前にこんな才能があったとはな?」
「言うな。こっちに来てから色々と苦労して来たんだ」
「そうか」
小姓仲間であった者の肩を叩いてミキは慰めとする。
昔から才のある者とは思っていたが、この様な形で昇華させるとは思いもしなかった。
「戦略家……と言うものだったか。俺たちでは『軍師』と呼ぶ方がしっくりと来るが」
「俺としたらこの場所はお前向きだと思うよ」
「御免被るよ。俺は現場で好き勝手をした方が良い」
「迷惑だがな」
笑い合い、『仕事だ』と言ってワハラは離れて行く。
王の補佐役に命ぜられた彼は、末は宰相くらいにはなりそうだ。
(で、あの将軍が軍の最高責任者か……悪くない)
今後の国の運営を少し考えると、最強の配材とも言える。
(少しは良い国になれば良いさ)
片足どころか腰まで突っ込むことになり、ここまで関わって来たからミキとてそう願わずにはいられない。
ただ事あるごとに王からは国に残り手伝うよう誘われ、その度に新たなる王妃が顔色を悪くして話のネタを変えようとしていた。
良い夫婦だと思えたからこそレシアがこの場所に長く留まったのだろう。
(今日の踊りは凄そうだ)
恐れつつも楽しみにせざるを得なかった。
(C) 甲斐八雲




