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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
南部編 肆章『王として男として』
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其の参拾弐

 イースリーは何とも言えない胸騒ぎを覚えながら窓の外を見ていた。

 こんな風に椅子に腰かけて街の様子を見るなどいつ以来か……直ぐには思い出せない。

 隠れるように逃れるように、周りの視線が恐ろしくて隠れ続けて来た。


「ウルラー様にどう告げたら……」


 あの二人の勢いに押し切られたと言えば自己弁論は成り立つ。

 だが心の何処かで望んでいたことを噛み締め……そっと一度頭を振る。


『決して綺麗な人間ではない。本来なら王妃になるなど思ってもいけない。何より……純潔では無い』


 否定的な言葉などどれ程までも並べることが出来る。

 むしろ逆に肯定的な言葉など……ただ一つしかない。


『前王の娘』


 それしかない。

 だからこそ自分たち家族は、兄や姉たちは、あの女に狙われ殺され尽したのだ。

 今となれば呪いのようでしかない血だが、この血筋こそが自分に残された唯一の武器だ。


「ミキ~。私だって食べられる量って言うものがあります」

「その割には子羊の丸焼きを半分喰らうとか化け物だろう?」

「このっこのっこのっ!」


 賑やかしい声に顔を向けると、閉じられていた戸が開く。

 愛しい人を笑顔で叩く女性は……何故か焼かれた肉の塊を葉に包み抱いている。後から入って来た彼もまた肩に荷物を乗せていた。


「済まん。遅くなった」

「でもでもご飯ありますよ~。丸焼きです」

「……はぃ」


 机の上に肉を置いた少女が嬉しそうに葉を広げると、香ばしい匂いが室内に広がり……イースリーはその匂いに触発されて自身が空腹であることを思い出した。


「これを焼いてて時間を喰った」

「別に構いません」


 肩に担ぐ荷物をベッドに放り投げ、彼はやって来ると同時に肉に嚙り付こうとしている妻の頭を殴る。

 良い音がして……少女は頭を抱えて蹲った。


「このままと言う訳にもいかんな。切り分けるから待っててくれ」


 慣れた手つきで肉を切り分ける様子に……ナイフが何処から姿を現したのか不思議に思った。


「あの……どうしてお肉を?」

「ああ。ちょっと血が必要になってな」

「首のここを斬ってドバっと……ミキはもう少し私が見ていることを気に掛けて欲しいです」

「血抜きが上手く行ったから肉が美味かったろう?」

「……もう二日は置いておきたかったです」


 贅沢を言う馬鹿に手刀を掲げると、彼女はまた頭を抱えて逃げて行く。

 そんな様子にクスクスと笑ったイースリーは、切り分けて貰った肉を受け取った。


「レシア」

「は~い」

「宿の者に言ってパンと飲み物を貰って来い」

「わ~い」


 嬉しそうに声を上げて彼女が駆けて行く。

 やれやれと肩を竦めて呆れる彼が椅子を引っ張って来て、イースリーの近くで座った。


「あの……ミキ様」

「ん?」

「王弟エスラー様は?」

「ああ。殺した」

「……」


 余りにあっさりっとした言葉に一瞬理解が出来なかった。

 言葉と一緒に肉を飲み込んだイースリーは、喉に詰まらせて軽く咽る。何度か咳をしてどうにか落ち着いた。


「もう?」

「ああ」

「今朝陛下の元に行くとか?」

「その足で行ってやって来た」


 いくら何でも非常識すぎる。何処の世に物のついでで王弟を暗殺する者が居るのか?

 頭を抱えそうになったイースリーは、どうにか我慢した。何より"彼"を思えばその心中は計り知れない。


 どこかそんな彼女の様子を観察している節のあるミキは、軽く笑って口を開いた。


「だがあれは本当に王弟なのか?」

「えっ?」


 顔を上げたイースリーは彼を見る。


「最後は命乞いを失禁していた。『死にたくない死にたくない』と泣いていたよ」

「……」


 言われて納得してしまう。彼はそう言う人間だ。


「甘やかされていたのです。実の母親であるオルティナに」

「だろうな。それにしては酷過ぎるが」

「はい。ですが元々彼は優しい性格の人だったと聞きます」


 いつだか王から聞いた話をイースリーは思い出した。


「心根の優しい少年だったエスラー様を歪めたのは全て母親です。彼女が彼をあんな風に育てた」

「そうか」


 チラリとベッドの荷物に目を向けてミキは視線を彼女へ向ける。


「だが兄とは違い前王の血を引く者なのだろう?」

「……」

「傀儡にするには正しいことだと俺は思うが」


 馬鹿な者ほど扱う側としては御しやすい。女や酒を与えておけば良いのだから。

 何処に行ってもやることは変わらない……そう思っているミキに、真っ青な顔色をしたイースリーが今にも泣き出しそうな表情を見せる。


「どうしてっ!」

「はっ?」

「どうしてそのことを知っているんですかっ!」


 この国一番の秘密だ。それを正しく知る者は王とその母親だけのはずだ。

 オルティナが誰に喋っているかイースリーは知らないが、王が喋って聞かせた相手なら知っている。

 唯一自分にだけ……彼は打ち明けてくれたのだ。


 余りの様子に暫し思案したミキは合点がいった。


「レシアに隠し事は無理だぞ?」

「ああ……我が王よ。私は貴方にどう償いをすれば……」

「王妃になって尽してやれ」

「……」


 頭を抱えて蹲った彼女を見てミキもいたたまれない気持ちになる。


「ミキミキっ! 焼きたてのパンですよ!」


 満面の笑みで両手で籠を持ち、湯気が昇るパンを持って戻って来た彼女を見つめ……流石のミキも頭痛を覚えた。




(C) 甲斐八雲

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