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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
南部編 肆章『王として男として』
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其の参拾壱

「何と申した? もう一度申せっ!」


 投げつけられた扇を右肩に受けながらも、畏まった男性が口を開く。


「はい。エスラー様のお屋敷で騒ぎが起きたと聞き駆け付けましたところ、何者かの襲撃があったとのことです」


 再度問いかけて返って来た言葉に変化は無かった。

 カクカクと自分の顎が震えるのを感じながら、この屋敷の主人であるオルティナは目を見開いた。


「検分している者の話では、エスラー様が普段居られた部屋に大量の血が残っていて……何よりあのお方が発見されておりません。仮定の話ですが、殺害されて運ばれたのだと思われます」


 淡々と告げて来る男の声がやけに遠くに聞こえる。

 オルティナは倒れそうになりながらも必死に耐えた。


「嘘じゃ……エスラーが死んだと申すか?」

「可能性があると言うだけです」

「嘘を申すでないっ!」


 掴んだ果実を男に投げつけ……オルティナは両手で顔を覆う。


 このような事態は想像していなかった。

 どんなに愚かな息子であっても"あれ"を殺す意味など無い。何より先に殺すべき存在が居る。


 そう思ってオルティナはエスラーが狙われることは無いと思っていた。


「……そうか。ウルラーがやったのだな?」


 彼女が辿り着いた答えは単純で短絡的だった。だが心の何処かに確信めいた物があった。

 こちらが"あれ"が大切にしていた女を殺したから、仕返しにこちらの"大切な"存在を奪ったのだ。


「そうか。ウルラーよ。お前はこの母と本気で殺し合いを望むと言うのだな?」


 クククと口の端で笑い、彼女は畏まったままの男に目を向けた。


「皆を集めよ」

「召集の理由は?」

「決まっておる」


 笑い母親である存在は口を開く。


「あの愚かなる王を誅してこの国を私のものにする」




 部下からの報告を受けた王は、知ってはいたがやはり驚いた。

"巫女"と名乗るあの娘が来たのは今朝のことだ。それからまだ太陽は南の高い位置までしか動いていない。それなのに本当に弟を殺めたのだ。


 覚悟をしていたとはいえ……その報告に彼の心は荒れる。

 愚かな振る舞いばかりする弟であったが、それでも大切な"家族"だ。


「誰か」

「はっ」


 控えていた武官が静かに歩み出る。


「エスラーを殺めた者を見つけ出し我が前へ連れて来い」

「……生死のほどは?」

「問わぬ!」

「はっ」


 王の強い言葉を受け、武官は一礼をしてその場を離れる。

 指示を出す彼の声を聴きながら……ウルラーは心の中で亡き弟に懺悔の祈りを捧げた。


「済まぬ……エスラーよ」




「一体全体……全く」


 やれやれと肩を竦めて彼は頭を掻く。

 城門の門番からの報告を受けてやって来たイマームは、自分を頼る女たちを見てため息しか出ない。

 女たちも女たちで、まさか本人が出て来るとは思っていなかったのか……千人斬りを見て怯え切っている。


「将軍」

「何だって?」

「はい。どうやら将軍が出会った男に命じられた様子です」

「あの男め……」


 娘を助けて貰った恩があるとは言え、その恩をこんな形で請求するとは……ほとほと困ってイマームは頭を掻く。


「なあおい?」

「「ひぃ……」」

「いやいやそう怯えるな。話は分かったから」


 だが女たちは、将軍を見ては恐れ震える。

 その様子を遠巻きに見ている兵たちがどんな話をしているのか……想像するだけで腹立たしい。


「ワハラ」

「はい」

「……任せて良いか?」

「仕方ありませんね。将軍はこの国では恐怖の対象ですから」


 呆れて苦笑する副官の態度にも腹を立てつつ、イマームは出来るだけ優しげな声を作る。


「聞いてくれ。お前たちは今からこの男の指示に従えば良い。決して悪いようにはしない。それはこのイマームが誓おう」


 だが震える女たちは身を寄せ合うばかりだ。

 力無く肩を落とした将軍は、副官の肩を叩いて城へと引っ込んで行く。

 その寂しげな後ろ姿を見て……ワハラは内心笑ってしまった。


 流石は『宮本』の名を継ぐ者だと。


 人の痛い部分を的確に穿つやり方は……義父である武蔵に似ていると、そう思いまた笑った。


「さあ聞いてくれ。今からお前たちから話を聞く。知っていることを隠さず全て話して欲しい。勿論将軍イマームが約束したからには決して悪いようにはしない」


 告げて女たちを宥めて言葉を少しずつ募る。

 見えて来たのは女たちが王弟の屋敷に居たという事実と、そこを三木之助が襲撃したと言う事実だ。


 にわかに信じられずワハラは押し黙ってしまう。


 義父と違い三木之助は決してその様な粗暴なことはしない。

 用心深く相手を観察して痛い部分を的確に攻撃して来る策士だ。

 その性格のおかげで自分はどれほど彼にしてやられたか……数えるのが馬鹿らしくなるほどだった。


(つまりまたお前は俺の考え着かないようなことをしている訳か)


 仲間であった彼を思い……ワハラは息を吐いた。


(御館様。だから何度もご注意したのです。『あれに戦略などを教えるとろくでも無いことに使う』と)


 だが仕えていた主人は、むしろ喜んで彼に学問を授けていた。

 太平の世となるのに……まるでその時代に反するかのように。


(おかげで自分はまた彼の尻拭いだ)


 苦笑してワハラは女たちの言葉を纏めて行った。




(C) 甲斐八雲

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