其の弐拾伍
「ごけぇ~」
「……」
何とも言えない視線でイースリーは自身の前に座る相手を見つめていた。
年の頃はまだ若い。自分と同じくらいにしか見えない。だが醸し出す雰囲気は圧倒的に大人びている。年齢を偽っているとしか思えないほどの落ち着きぶりだ。
そんな彼は……尻の下に神鳥を置き、椅子に腰かけて机に向かっていた。
「あの~。ミキ様」
「どうした? 足がまた痛むか?」
「いいえ。今朝のは自分の不注意ですから」
何もせずに男女二人きりで室内という環境に慣れず、イースリーは食事を貰いに行く役目を買って出た。
部屋を出て食事を受け取り部屋に戻る。普段なら苦も無く出来るはずのことだが、部屋に着くなり怪我をしていた足が悲鳴を上げたのだ。
余りの激痛に動けなくなり、彼の腕に抱えられてベッドに運ばれ治療を受ける。
クルクル回りながら患部を突くだけの球体の行為で不思議と痛みは霧散した。
「内臓の類なら誤魔化せても四肢の方……特に足は無理が出るらしいな」
「こけこけっ!」
「お前より聖地の傍に居た魚の方が優秀だな」
「こっけぇ~!」
彼の言葉に怒り狂った球体が襲いかかり、返り討ちにあって今では椅子の敷物となっている。
天災すら呼び起こす存在に対して行える傍若無人の様子に……イースリーは黙って従っていようと心に決めた。
「私は何を話せば?」
「ああ。まあシャーマンを集めている理由は聞いたしな……あと知りたいのはお前が居なくなった現状、誰がシャーマンたちの面倒を見ているのだ?」
問われてイースリーは自分が死んでいることになっている事実を噛み締めた。
襲撃を受けた翌日にはそう言うことになっていた。結果として自分を殺したい者と死んだことで得をする者が手を結んでいるのだと理解した。
「たぶん陛下が信用の出来る部下に任せると思います」
「候補は?」
「……」
一瞬口を閉じて悩む。だが目の前の青年を見てイースリーはその名を思い出した。
「ワハラ様でしょう」
「誰だ?」
「今は将軍イマーム様の副官を務めていますが、陛下から『信の置ける部下』だと伺っています」
「なるほどな」
腕を組んで黙考したミキは、数度頷くと手にしていたペンを走らせて尻の下に手を伸ばした。
「鳥。仕事だ」
「……こっ」
「何だその舐めた態度は? 毟って焼くぞ?」
不貞腐れている球体に彼は迷うことなくナイフを取り出して構えた。
「お待ちくださいミキ様」
「いや待たん。この馬鹿鳥はたまに厳しく躾けてやらんといかん」
「ですが……私の傷をこうして治療してくれていますし」
国に災難が訪れることになってはたまらないとイースリーは必死に彼を宥める。お蔭で調子に乗った球体がミキの手を逃れて彼女の胸に吸い付いた。
「ひっ!」
「甘やかすからそうなる。俺は助けてやらんぞ」
冷たく告げてミキは服の上から豊かな胸を堪能している球体の顔を自分の方へと向けた。
「楽しんだらこれをレシアに持って行け」
「こ~!」
離れたくないと彼女に身を寄せる馬鹿に……ミキは深く息を吐いた。
「確かにその胸は豊かで素晴らしいが……ここにはそれしかないんだぞ? あっちに行けばどうなるか考えてみろ?」
「こっけぇ~!」
彼の言葉に何かを察しやる気を見せた球体は、しばらく豊かな双丘の感触を味わってから飛び立って行った。
好きなように弄ばれているイースリーは、自分の中で『価値観』を崩壊させながらも必死に耐える。耐えていたのだが……色々と限界が来た。
「もう嫌です。帰りたい」
「帰る場所があるなら好きにすると良い」
「……」
ボロボロと涙を溢して彼女はベッドに倒れ込んだ。
今城に戻れば自分を殺したと思っている者たちが決して許さないだろう。
王の前に辿り着く前に殺されかねない。
我慢するしかないと理解して……イースリーは枕に顔を押し付けて泣いた。
「イースリー様が?」
「ええ。お亡くなりになりました」
「……そうですか」
男子禁制の場所。
王城内の離れに、ワハラは侍女を連れて訪れていた。
自身が入って行くことの出来ない場所なので、侍女に手紙を渡し彼女に出て来て貰った。
「後を継ぐ者が見つかるまでは自分……ワハラが代理を務めます」
「テルと申します。宜しくお願いしますワハラ様」
深々と頭を下げて来たのはシャーマンの一人でイースリーから信用され離れの管理を務めている女性だ。
まずは必要な物を聞き、ワハラは侍女にその手配を命じると自分たちの傍から遠ざけた。
テルと二人きりとなり、彼は一瞬辺りを警戒して口を開いた。
「イースリー様は暗殺された可能性があります」
「……それは何故?」
「陛下のご推測では貴女たちの管理者の地位を求めてでしょう」
「……」
「ですので今後、自分以外の来訪はお断り下さい。陛下の指示で自分はしばらく王都から出ませんし、今まで大きな病気にもなったことが無い。自分以外の来客は全て"敵"の策だと思っていただきたい」
「畏まりました」
恭しく一礼する彼女にワハラも礼で返す。
と、自分の傍を花の香りが抜けたような気がして一瞬辺りを見渡した。
「どうかなさいましたか?」
「いえ。花の匂いが」
「……本日は花のお風呂でしたので、匂いが逃げ出したのかもしれませんね」
「そうですか。これは失礼」
もう一度ワハラは頭を下げた。
(C) 甲斐八雲




