其の拾肆
「逃亡者が見つからないだと?」
「そのようです」
副官が持って来た報告に、だらしなく椅子に腰かけていた将軍が座り直す。
「……陛下の鳥の目を使ってもと言うことか?」
「はい。それでも発見できないそうです」
「何かあったのか?」
「さあ? 詳しい話までは伝わっていませんが、人伝に聞いた話では監視に気づいて姿を消したそうです」
「姿を消した? なんだそりゃ?」
「知りませんよ」
副官も報告を切り上げて自分の席に向かうと事務仕事を始める。
上司たる将軍はこの手の仕事を逃げて回るので、内容を確認しサインのみ入れれば大丈夫の状況にして手渡さなければならない。それでも逃げだそうとするのだから厄介な存在だ。
「で、俺たちはこれからどうすりゃいいんだ?」
「待機でしょうね」
「……なら一度」
「ダメです」
椅子から立ち上がりかけた上司をひと睨みし、副官は深々とため息を吐いた。
「陛下が待機を命じているんです。それなのに何処へ行くと言うんですか?」
「いやちょっと子供の顔をな」
だが副官はまた深々とため息を吐く。
「もう何人目ですか? 子供の顔など見飽きているでしょう?」
「お前……そんなんだから独身なんだ! 子供って言うのは全部同じ顔じゃないんだ!」
「赤子の時などは大差ないでしょう。どれも猿顔です」
「……」
バッサリと言い切られ……将軍は頭を振って椅子に座り直した。
「なあおい」
「何でしょうか?」
「今度陛下に会う機会っていつだ?」
「……この任務が終わればお会いできるかもしれませんね」
「ならその時にでもお前の嫁を手配するように言ってやる。お前も子供を持てば考えが変わるはずだ」
したり顔で頷く上司に胡乱気な視線を向け、副官はまたため息を吐き出した。
「家庭など手間が増えるだけで要りませんよ」
「お前な……」
と、何かに気づいた様子で副官が笑う。
「でしたら将軍」
「何だ?」
「自分が家庭を持つためにご助力を願えないでしょうか?」
「手伝い……だと?」
「ええ。具体的に言えばご自分の書類はご自分で処理し……と言うか、ご自分の仕事や雑務などを全てご自分でやって頂けるのであれば、考えを改めて家庭を持つことにしましょう」
思いもしない斬り返しに将軍は渋面となって声を詰まらせた。
「将軍、ご決断を」
「ふぁ~。なんか寝ていたな。何か言ったか?」
「……いいえ。お目覚めでしたらこちらの書類にサインを願います」
「書類仕事が無くなる世は来ないもんかね」
嫌そうに頭を掻いて彼は立ち上がると、椅子を引き摺り自分の机へと戻った。
「まだか! まだ兄さんが探している女は見つからないのか!」
足元の果物を盛った皿を蹴り上げ青年が吠える。王弟エスラーである。
傍に居た女たちがとばっちりを受けないように彼から距離を取る。だが逃げることは出来ない。背を向け逃げ出したとしても、この場から出ることは出来ない。
「残念ながら王弟陛下」
「なら直ぐにでも探しに行けっ!」
子供のように叫び暴れ……彼は大きく肩で息をし数度床を蹴る。
気持ちを落ち着けた様子でゆっくりと部下を見る。
「兄さんの配下が不思議な術を使うであろう! それを用いて捜索すればっ」
「王弟陛下。あの場所に居る"鳥"たちは国王陛下しか指示を出せません」
「ええいっ! それをどうにかするのがお前の仕事だろう!」
手近な場所にあった杯を掴んで部下に投げつける。
額に杯を受け血を溢しながらも部下は身動き一つせずに主を見る。
「申し訳ございません。自分にも不可能にございます」
「ぐぬぬぬぬぬ~っ!」
また癇癪を起しエスラーは暴れる。
手当たり次第に蹴って殴ってを繰り返し、肩で息をして動きを止めた。
「ならば母さんに頼むしか無いな」
「それはっ!」
「黙れ! お前が無能だからこうなるんだっ! さっさと仕度をしろ!」
「……はい」
頷くしか選択肢の無い部下は、苦渋の決断を下したとばかりに力無く頷き返した。
立ち上がり先方に面会の許しを得る為に人を走らせ、エスラーには入浴を勧める。
いくら相手が母親とは言えこの国でも有数の権力者だ。それ相応の礼儀は必要だ。
「ああ面倒臭い! そことそこの女……ついて来い!」
「「はい」」
浴場へと向かう主人を急ぎ追いかける二人の娘に視線を向け……部下は深いため息を放った。
「ミキ~」
「大人しく寝ろ」
「え~」
「この機会を逃したら次はいつ眠れるか分からんのだ。大人しく寝ろ」
相手の頭をベッドの枕に押し付けミキもまた彼女の隣で横になる。
ピタッと張り付くように抱き付いて来た彼女の態度に呆れつつ……ミキは深いため息を吐き出した。
「寝ろ」
「え~」
「良いから寝ろ」
「……」
ブスッと頬を膨らまして彼女はギュッと抱き付いて来る。
女性特有の柔らかく暖かな感触にミキの精神も激しく揺さぶられる。だが強い意志で自身の奥底から湧き出て来る欲望に蓋をする。
「目を閉じて呼吸をしていれば眠るはずだ。そうしろ」
「……一回だけでもダメですか?」
「ああ。今は回復と休養が重要だ」
「でも……」
愚痴を募るレシアにミキは顔を向けた。
「やはりナナイロの飼い主だな」
「なっ! ……もう良いです」
拗ねて寝たふりをする彼女の頭を撫でて、ミキもまた眠りに落ちた。
(C) 甲斐八雲




