其の拾参
「どう言うことですか?」
「申し訳ございません。イースリー様」
「……」
国王臣下の女官に対し深々と頭を下げて来るのは、王城の一画の離れに住まう女の一人だ。
男子禁制の後宮よりも厳重に護られたその場所に通うのが女官イースリーの務めである。
特に今は王都に『巫女』なる存在が居るだけに彼女の通う回数は増えていた。
それもこれも世と国を護る為に必要なことだ。相手もそれを理解しているものだと信じていた。
「巫女を見失ったと言うのですか?」
「……はい」
本当に申し訳なさそうに言って来るのは、五人居る"白"を持つシャーマンの中で年長者の女だ。
30人近く居る彼女らの管理などを手伝って貰っているイースリーの右腕とも呼べる存在だ。
「無理を承知で終始追い続けるように言っていたでしょう?」
「……はい」
「何故見失ったのですか?」
「それが……消えたとしか言えなくて……」
申し訳なさそうに言う彼女の言葉に、イースリーは声を詰まらせた。
「消えた……と言うのですね?」
「はい」
「それは亡くなったと言うことですか?」
「違うと思います」
「ではどうして?」
「……私たちの監視に気づいた巫女が姿を隠したとしか思えません」
「隠した?」
愕然としながらイースリーはどうにかその言葉を発した。
『鳥の目』とも呼ばれるほど王都に於いて最も優秀な目ですら、本気で姿を消した巫女は追い切れないと言うのだ。
「なら巫女はまだ王都内に居るのですね?」
「はい。たぶんそのはずです」
「……分かりました。貴女たちは変わらず巫女の捜索を続けて下さい」
「はい」
気の重いため息を口にし、イースリーは急ぎ国王に報告へと向かう。
そんな女官を見送ったシャーマンは、一度辺りを見渡し確認すると……静かに自分たちが住んでいる建物の中へと戻った。
扉を閉じて鍵を確認し、急いで一番奥の部屋へと向かう。
その部屋では……仲間であるシャーマンたちが中央に集まり、七色の球体を撫で回していた。
彼女もまた人波を掻き分けてその中に加わって行く。
そう。中央でシャーマンたちに撫で回され愛でられているのは、ミキたちと共に旅をしている元朱雀のレジック……ナナイロだ。
若い女性たちに撫でられついでに自分の趣味も堪能する球体は役得を満喫していた。
南部では絶滅してしまった神鳥レジックは数多くの伝説を残している。
そしてその伝説を多く口伝しているのがシャーマンたちなのだ。
ミキに脅されて仕方なくこの場所に飛んで来たナナイロは、自身の存在を知るシャーマンに捕まり愛でられている。
もうこれでもかと言うほど愛でられ続け……つまり抱きかかえられて胸の感触を堪能できるのだ。
『用事が終わったら直ぐに戻れよ』と言われたことなどすっかり忘れ、ナナイロは次から次へとシャーマンの胸の谷間を行き来してとにかく堪能し続ける。
結果としてシャーマンたちは精神集中など出来る状態ではなくなり、レシアたちの捜索は滞ったのだ。
「鳥さん……帰って来ません」
「王城には辿り着いたんだろう?」
「はい」
スラム街で屋根に上りレシアは王城の方に目と意識を向ける。
当初来た時に感じた王城を覆う不思議な靄っとした感じは消え失せ、今ならば全てを見通せる。そう全てだ。
「鳥さん……シャーマンさんたちの胸を行き交って喜んでいます」
「流石レシアの親友だな」
「……ミキが助平さんだから悪いんです!」
「あれの飼い主はお前だろう?」
「うな~っ! 何しているんですかあの子は! 見てるこっちが嫌になるほど胸の谷間に顔を押し込んで喜んでます。あれはただの変態です。戻って来たら丸焼きです!」
「好きにしろ」
呆れ果ててミキは屋根から降りる段取りを始めた。
「それで用件は済ませた感じか?」
「分かりません。手紙は読んでくれていると思いますが……シャーマンさんたちは全員で鳥さんを撫で回して触られたい放題です」
「……腐っているがあれでも伝説に残る存在だからな。誰か知っていた可能性もあるな」
「ですね」
レシアも見ているのが馬鹿らしくなったのか、頭を振って屋根の上から降りる手伝いをする。
「でもこれでシャーマンさんたちの捜索は無くなりますよね?」
「……分からん」
「はい?」
「あの馬鹿に持たせていった手紙を読んでの行動なら問題無いが、もし違う理由で手を止めているのなら、また再開する可能性はある」
「……あの鳥さん。やっぱり丸焼きで良いですよね?」
「腹の中にたっぷりと香草を詰めて焼いてやれ」
先に屋根から降りたミキは、彼女に手を貸す。
彼の腕を支えに屋根から飛び降りたレシアは……とりあえず大きく背伸びをした。
「ならミキ」
「何だ?」
「今のうちに済ませましょう!」
「何をだ?」
「決まっています!」
胸を張って自信満々に彼女が口を開く。
「食事とお風呂と睡眠です!」
「珍しいほどに納得のいく言葉を口にしたな」
「はい。この機会を逃したら宿屋さんで休むなんてこと絶対に出来ません。さあミキ……行きましょう!」
「分かったからそう慌てるな」
腕を掴まれ走り出した彼女を追って、呆れながらもミキは足を動かす。
何日も逃亡生活を送って来た都合……横になって寝れる機会は本当に有り難かったのだ。
(C) 甲斐八雲




