其の漆
「折角王都に来たのに……」
「馴染みがあって良いだろう?」
街に来るたび世話になっている路地裏に身を隠し、ミキたちは追っ手の確認を済ませる。
いつも通りにレシアが力を使って自分たちを探しているらしい存在を確かめた。
「大丈夫みたいです」
「そうか」
『頑張ったご褒美をください』とばかりに抱き付いて来るレシアの好きにさせ、ミキは思考を走らせる。
古い仕来たりを用いて女性を攫う。何かあれば伝承のせいにして有耶無耶にする。
悪くない発想ではあるが、そんな無茶なことが出来るのは余程の権力を持つ者か大金持ちだ。
「ナナイロは?」
「ん~。宿に居ます」
「宿の方はどうなってる?」
「何人か居ますね」
遠い場所からでも確認出来るのは本当に有り難い。ミキは簡単に計画を立てた。
「あの馬鹿鳥なら勝手に抜け出して俺たちに合流するだろう」
「荷物は全部鳥さんの中ですよ?」
「ローブと金があるからしばらくは問題無い」
十手の存在を確認し、ミキは彼女を抱きしめた。
「あん……ミキ?」
「今夜は甘えるとか言って無かったか?」
「はい」
ムギュッと抱き付いて来る彼女の体温で暖を取る。
甘えて来る彼女を眠らせ、ミキは軽く仮眠を取りながら辺りを警戒し続けた。
「こぉけぇ~」
「私に怒らないで下さい。昨日は大変だったんです」
「ごぉ?」
「あ~。酷いです! ミキはそんなに甘やかしてくれません!」
「こけぇ~」
「その同情が悲しいです!」
太陽が南の高い位置に達しようとした頃……七色の球体が、子供たちに棒で突かれながらフラフラと飛んで来た。ポフッとレシアの胸に着陸したナナイロは、必死にレシアに訴えかけ……引き継いだミキが軽く睨んで子供たちは逃げて行った。
それから置いて行かれたと憤慨するナナイロとレシアとの言い争いが続いている。
「もっとミキは私に優しくしてくれても良いと思うんです」
「こぉ~?」
「足りません! 少なくても……私はミキのお嫁さんですから……もっとこう……ねぇ?」
「……こっ」
「言いましたね! 誰が変態ですか!」
沈静しかけていた話し合いは、新しい燃料の投入で取っ組み合いの喧嘩になった。
路地裏で暴れる馬鹿たちを無視してミキは辺りを警戒する。
馬鹿鳥を追った追跡者は居ない様子だが、それでも警戒を緩めない。
「って俺が見張るよりお前の目を使った方が早いな」
「この~。焼き鳥にします!」
「こけっこ~」
「……」
終わる気配の無い馬鹿共の争いに……ミキは静かに手刀を構えた。
正座してこちらを見る馬鹿共にミキは深く息を吐いた。
「まず俺たちの現状を確認する。目的は『彼女』らの安否確認と解放を望んでいるならその手助けだった。が……残念なことに俺たちに追っ手が掛かった」
「私たちは悪くないです」
「確かにな。犯人はたぶんこの国の王の弟だろう。とにかく女好きで有名らしい。そう考えると彼女たちを集めている理由もそっちの関係じゃないかと不安になる」
腕を組みミキは頭を振った。
王弟に囲われているのならシャーマンたちの生命は無事であろう。ただ貞操の方は保証出来ない。
「本当によく考えたものだよ。誓いの場に訪れる若くい女性を拉致する。それも自分好みの女を効率よく集め、その罪を神々しき鳥に押し付けるって訳だ」
「こぉけぇ~」
不満そうに球体が小さな羽を動かした。
「この国から朱雀が居なくなって随分と経っていたらしいが、そんなことは普通に暮らす者には関係ない。『きっと居る。たぶん居る』と思っているからこそ、いざ人が居なくなれば犯罪を疑い……そして見つからなければ諦めて鳥のせいにする。良く出来た伝承だな?」
「こけっこ~!」
「鳥さん落ち着いて」
憤慨する球体がジタバタと大暴れする。それを両手で押さえつけてレシアが鎮圧した。
「朱雀と別れたんだからお前が怒る必要は無いだろう?」
「こっ……」
押さえつけられても暴れていた鳥の動きが完全に止まった。
恐る恐るレシアが手を退けると……ナナイロは体を真ん丸に戻して羽繕いを始める。
「我関せずって態度が腹立たしいな」
「ですね。今夜の宿がどうにか出来なかったらこの鳥さんを丸焼きにしましょう」
「……前から思うが、肉など無さそうだから不味かろう?」
「こけぇ~!」
ミキの言葉に腹を立てたナナイロが怒る。
だがミキはそんな球体を河豚のような生き物だと思っていた。
「……毒がありそうだな」
「え~。鳥さん毒持ちなんですか? 寄らないで下さい。毒は嫌です」
「こぉけぇ~」
必死に言い訳らしいことをしているナナイロをレシアが突いてからかい続ける。
「遊ぶのはその辺にしておけ」
「は~い」
注意されレシアはナナイロを自分の膝の上に持ち上げ抱き付いた。
「さてと。話を戻すで良いのか? とりあえず俺たちは当初の目的以外に厄介事を抱えることとなった訳だ」
「ですね」
頷いてミキは彼女の顔を見る。
何処に出しても恥ずかしくない整った顔立ちの美人だ。
「やはりお前が厄介事を招いたな」
「ミキ~」
「今の言葉は褒め言葉だ。お前が美人なのが悪い」
「もうミキったら~」
上機嫌になった彼女を置いておき、ミキは話が進んでいない現状に頭を抱えたくなった。
(C) 甲斐八雲




