其の肆
「人は多いんですけどね……」
「そうだな」
荷物袋を背負いミキは旅人らしく振る舞う。
だが七色の球体をお腹の前で抱え持つレシアは終始不満げだ。
日よけのフード付きのローブのような衣装が不満であり、何より顔を隠すベールのような薄い布も不満なのだ。王都の入り口での嬉しい出来事も現在の姿で掻き消えてしまう。
「不貞腐れるな。それがこの王都での決まりらしい」
「……」
「俺の嫁なら我慢ぐらい出来るだろう?」
「ごげぇ!」
突然の言葉にレシアが力んだらしく、抱えられていた球体に彼女の腕が半ばまでめり込んだ。
感情を押さえつけているのか……全身をクネクネと動かし何かに耐える。
「危なかったですミキ」
「何がだ?」
「……それは女性の秘密です。でも喉が渇きました。どこかお店に入りましょう」
そう告げて勝手に食堂へと入って行った彼女は、席に座ることはせずにお手洗いへと消えて行った。
話は王都に入る所まで戻る。
「お客さん」
「何だ?」
「いえお客さんは商人であるから問題無いのですが、お連れの方はどのようなご関係で?」
「……売らんぞ」
「違いますよ。ご家族……と言う訳でも無いでしょう?」
商人は説明するように言葉を続ける。
「王都では未婚女性であれば素顔を晒しても問題はありません。ただ既婚者や奴隷などは素顔を晒してはいけないのです」
「ああ。そんな説明を受けたな」
「受けたなって……もし禁を破れば兵に捕まります」
「それほど重罪か?」
「はい」
困った様子で彼は言葉を続ける。
「王都が出来る前に我が国には土着の教えがありました。今ではだいぶ薄れているのですが、根付いて失せていない風習もあります。何でもこの南部に住まう神々しい鳥が美人の生娘を好むのが由来らしく……その鳥に魅入られた娘を贄として捧げていたという話です」
チラリとミキは、寝ている彼女に抱かれている球体を見る。
胸に全身を押し付けて寝ているらしい球体を……後で焚火に放り込むと決めた。
「それでこの地に住まう住人は、生娘以外は顔を隠すようになったとか……生娘で無い者が鳥に選ばれ不評を買わないようにする配慮だとか」
「所詮鳥であろう? 生娘だとか気にしないと思うぞ」
「私に言われましても……あくまで伝承であって、その教えがまだ残っているので」
古い教えだと商人も思っているのだろう。ただそれが潰えないのには理由があるはずだ。
「つまり既婚者などに目を向けず、素顔を晒している娘から結婚する相手を探せと?」
「……そう言う側面があることは否定しません。事実若い男たちは娘の顔を見て相手を探しますが」
言い淀む商人にミキは察した。
「あくまで娘の自己申告と言うことか?」
「はい。年に何度かそれで痛ましい事件が起こることもあります」
娘の自己申告を受け結婚してみれば……性病持ちだったとか。そんな冗談のような出来事も実際に起こるらしい。
「まあ俺の連れは素顔を晒せんよ。生娘では無いしな」
「そうですよね」
羨ましそうにレシアを盗み見る商人は、ミキの咳払いにハッとして表情を正した。
「既婚者と奴隷に違いはあるのか?」
「はい。既婚者は黒い薄布で表情を隠します。ですが奴隷は違います」
「……どう違う?」
言い淀む相手にミキは続きを促す。
「奴隷である証として額部分に朱色の塗料を付けます。そして白い布で顔を隠すのです」
「何か不都合でも?」
「はい。王都の中では奴隷は最も地位が低い存在なのです。路地裏に居る野生の獣よりも低く、主人であるお客さんと一緒の宿に泊まることなど出来ません。馬宿以下の掘立小屋に押し込みます」
「それは男女ともにか?」
「はい」
「問題が起きるだろう?」
「ええ。ですが所詮家畜以下……そんな存在が何をしたところで問題は無いと言う決まりなのです」
シャーマンのことばかり調べていて向かう王都の知識を全く得ていなかったことに、ミキは内心ため息が止まらなかった。
このまま行っていたらと考え……別に気にする必要も無いと言う事実に気づく。
「ですからお客さんのように奴隷を大切にしている人は王都に向かいません。仮に向かうのであれば既婚者を装います」
「そうだろうな」
ミキが考えていた通りの抜け道を商人が口にして来た。
「ですがこの国では婚姻は神聖な物。偽れば天罰が下ると言われています」
「具体的に?」
「……神々しき鳥が来て目から光を奪うとか、娘を攫ってしまうとか。実際に姿が消えてしまった娘も居ます」
チラリとミキは視線を元神々しき鳥に向ける。
彼女の胸の上で羽繕いらしき動きを見せているが、嘴から羽までの距離がだいぶ離れていて全く届いていない。
「だが短期間の滞在であれば問題無いだろう?」
「ええ。ですが世の中には嘘の下手な人も多いので」
「自分から下手を打って露見すると言うことか」
「はい」
苦笑して、ミキは数度頷き返した。
「なら心配は要らんよ。そこで寝ている連れは俺の『嫁』だ。ただまだ誓ってはいないが……良い機会だな。王都に行ったら誓ってしまうか。それならば問題あるまい?」
「ええ。でしたらそれを入り口の守衛にお伝えください。我が国の形式となりますが、誓いの場を紹介してくれることでしょう」
恭しく頭を下げる商人にミキは笑う。
「形式など気にしないさ」
チラリと寝ている連れを見る。本当に幸せそうに寝ている。
「あれとは死ぬまで一緒に居たい……それをただはっきりと告げておこうかと思ってな」
(C) 甲斐八雲




