其の壱
「お客さん方は本当に……どこ行ってたんですか?」
「変な歌に誘われて、気付いたら二人で砂漠のど真ん中に居たんだ」
荷物を荷馬車の荷車へと上げ、ミキは頭を掻いた。
連れである少女は七色の球体を抱きしめて荷物と一緒に荷車に転がっている。そんな彼女の姿を確認しながら、ミキは偶然を装って合流した隊商の商人と会話を続ける。
「水も無くて死ぬと思っていたらギリギリで雨が降ってきてな……その雨のお陰で少し死に掛けたが」
「ああ。あんな大量に雨が降るなんて生まれて初めてだったよ。荷物が濡れたりして大変だったがな」
「俺たちは首の下まで水没して流石に死を覚悟したよ」
「そりゃ大変だったな」
商人の同情する声に苦笑し、ミキも荷車の上へと登った。
「詳しい話は街に着くまでに話すから今は眠らせてくれないか? 本当にボロボロなんだ」
「分かったよ。暑いがそれは我慢してくれよ」
「横になって寝れるならそれ以上の文句は無い」
レシアの横に転がると、ナナイロを枕にしていた彼女が抱き付いて来た。
「暑いぞ」
「ミキ……」
「ん」
「生きてるって凄いことですね」
「そうだな」
抱き付いて来る相手を引き剥がし、軽くレシアの頭を抱いて……布を掛けて日よけにすると、ほぼ一日彼女と共に眠り続けた。
王都手前の街に着き、フラフラと食事を求めてレシアが食堂に突撃して行く。その後ろ姿をナナイロと共に呆れた様子で見つめたミキは、慌てて相手を追った。
空いている席に勝手に座り身んでいたレシアは、ウェイトレスに五人前の料理を注文していた。
「お前な……」
「良いですよね? お腹が空き過ぎて大変なんです!」
「構わんが迷わず店に入るな」
向かいの席に腰かけてミキは飽きれ続ける。
「何でですか?」
「……お前は美人だから一人で歩いていると面倒臭いことになるぞ」
「…………もう」
上機嫌で両手にスプーンを持ってレシアが嬉しそうに食事を待つ。
届けられた食事は、羊らしき肉をふんだんに使った物だった。それが五人前だ。
「魚が食いたいな」
「ミキ?」
「俺は魚が食いたいんだ」
「……」
自分の分を七色の口に放り込み、ミキはウェイトレスに魚料理を頼む。
出てきた料理は干し魚を煮て戻した物に香辛料とちょっとした野菜を加えたスープだった。
普通に焼き魚を食べたかったが、そんな贅沢は海の傍にでも行かなければ出来ない。王都は海の近くだと聞いているので、『行ったら魚を食おう』と決めてミキはスープの中の魚を食す。
「む~。どうしてミキはこのお肉の美味しさを分からないんですか?」
「肉が美味いのは知っている。ただ毎日食べると飽きるのも知っている。それだけだ」
「そこが分かりません。どうして美味しい物を食べてて飽きるんですか?」
「……お前は毎日でも肉を食べられる人間だったな」
「そうです。旅をするなら好き嫌いを口にしちゃいけません」
「その言葉をすんなりと飲み込めないのは俺が悪いんだろうな」
何度目かのため息を吐いてミキはスープを啜った。
「……何かこれってどうなんですかね?」
「頼んで沸かして貰っているから問題無いだろう」
「問題は無いんですけど……」
自分たちを砂漠であと一歩と言う所まで追い込んだ強敵……雨水を煮沸した物を入れた瓶を持ちレシアは首を傾げる。
高台に逃げたが降る雨の量で周りは水没し、首の下まで水がやって来た時は死を覚悟した。
だがそれが上限だったらしく、しばらくと言っても一日以上費やしたが水が引いて行った。その雨水を彼は『使える』と言って、水筒にこれでもかと大量に水を集めてナナイロの口に押し込んだのだ。
その水を煮た瓶が二人の前に置かれていた。
「何であれ、体を拭くならそれで十分だろう?」
「……そうですね」
考えるのが面倒臭くなったのか、レシアはあっさりと気持ちを入れ替えると、いそいそと体を拭く準備をする。
ゆっくりと服を緩めて脱ぎ、布にお湯を含ませて拭いて行く。と、彼女の手が途中で止まった。
「ミキ~」
「何だ?」
「約束しましたよね? 街に着いたらミキを好きにして良いって」
「……思い出したか」
「忘れてませんよ~だ」
少し怒った表情を見せてレシアは笑う。
「はい。ミキは私の背中を拭いて下さい」
「分かったよ」
命じられるままに受け取った布を手に彼女の背中を拭いて行く。
『ん……んんっ』と拭く度に甘い声を発する相手の頭を軽く叩いて白い背中を綺麗にした。
「後は?」
「髪の毛も濡らして洗ってください」
「はいはい」
「はいは一回です。ミキがいつも言ってることです」
「……はい、レシア様」
「も~」
からかわれたことに気づいて膨れる彼女の髪に、お湯を少しずつ掛けて丁寧に洗う。
やはりだいぶ汚れが溜まっているのか髪を拭く布が黒く染まった。
「ミキ~」
「……解決方法はあるが実行するか?」
「是非」
「良いんだな?」
「ミキを信じます」
綺麗になりたい一心で、レシアの声に迷いはない。
深く頷いたミキは、彼女の額に手を当てると……後頭部から瓶の入り口に近づける。
「あつつ……ミキ。それは何か危険なあれを感じます!」
「心配するな。髪だけだ」
「本当ですか?」
「お前が体勢を崩さなければな」
大きく後ろに仰け反る格好でレシアは頭の位置を維持する。
少し熱いお湯で彼女の髪を洗い続け……ふとミキ視線をそれに向けた。
「年頃の娘が胸を晒しているな」
「この体勢にしたミキがそれを言いますか!」
「ああ。少し意地悪がしたくなっただけだ」
「ミキ~」
不満に声を上げるが、ミキは彼女の髪を洗い……後でレシアが彼の頭を洗ったのだった。
(C) 甲斐八雲
南部編の最後となるはずの話です。
無事に終えて、色々とフラグだらけの西部へ渡って欲しいです。




