其の拾玖
「若いの」
「はい」
「お主は、名古屋山三郎と言う人物を知っているか?」
「申し訳ない」
「良い良い。儂の数ある名の一つだ」
老人が石櫃にて触れると、音もなく石の塊が起き上がった。
棺桶を立たせたような感じとなったが、中に納まる者が余りにも瑞々しいので、そのまま歩きだすのではないのかと不安になる。
ミキが感じたことをレシアも感じたのか、ギュッと彼に抱き付いた来た。
「山三郎はある女に捕まって忙しい人生を過ごした男だった」
「ご老人のことですよね?」
「ほっほっほっ……まあ聞くと良い」
ツルッと自分の頭を撫でて彼は言葉を続ける。
「彼の妻の名はお国と申す」
「……」
ミキの胸に嫌な気配が去来した。
「天真爛漫で自分勝手。大飯ぐらいで踊りと男が好きなとんでもない女だった」
「……受け継がれる物ってあるんですね」
「ああ。残念だがな」
二人の視線を受けたレシアは狼狽えた。
「ちょっと待って下さい! 今の話からどうして私を見てため息を吐くんですか! ってミキ! その肩ポンポンは何ですか! お爺さんの泣いた振りは絶対に振りですよね!」
ギャンギャン騒ぐレシアを宥めてミキは会話の続きを促す。
「……あれは出雲の出でな、不思議な力を持っていた。呪術と言う物らしいが、流石の儂もそっちまで学んで無かった。結果としてあれに魂を掴まれて逃れられなくなった。そしてあれが死ぬ時にな」
「こっちに連れて来られたと?」
「そう言うことだ」
静かに頭を振る老人の様子は悲しげと言うより寂しげであった。
レシアの頭を撫でて機嫌を戻すミキが疑問を口にする。
「それで二人が出会うのに時間の差があったはず。何故ともに若いのですか?」
「若いのには理由がある」
ニヤリと笑った老人が彼を見る。
「ともに若く無ければ辛かろう? 子作りをするにはな」
「……」
元僧侶のはずだが立派な破戒僧らしい。
俗世間の何かをたっぷりと知っている様子で笑う老人を見て、ミキは何となく腕の中の存在をきつく抱き締めた。
「心配するな。何代経過しているか分からんが、自分の血筋に手を出すほど狂ってはおらん」
「左様で」
「ああ。それに儂とてこう見えて意外と一途な男だ。あれが死んでから遊んでおらん」
「……」
亡くなる前は何をしていたのか聞かなかったのは、ただレシアが甘えて来たことで口を開けなかっただけだ。
「これが死んだ時に使っていた体を捨てて共に眠った。そして儂は術を使い石櫃を作ると、聖地より運び出して隠した」
「それは何故ですか?」
「……自分が死んだ遺体が祀られるなど御免被る。何よりこれも静かに眠りたいと言っていたからな」
ポンポンと石を叩き老人が笑う。
「再会した時はいい歳をした老婆だった。人が懸命に探し……まあ少し寄り道して遊んでいたりもしたが、それでも探し続けてようやく会えたと言うのにこの女は『貴方が来るのが遅いからこんな姿になってしまったじゃないの!』と怒ってな、あの時は本当に大変だった」
カカカと笑い老人は頭を撫でた。
「『子供を産んで育てられれば良い。あと数年生きれれば良いからどうにかして』と言われてな……儂はこれに反魂の法を応用した術を使って若返らせた。それからは子が出来るまで毎晩のように抱き合ったがな」
「毎晩しないと……ちょっとミキ。今大切な、モゴモゴ……」
相手の口を塞いで沈黙させる。
余計な知識を得た馬鹿が今夜から煩くなるのは間違いない。
「子を成し、産み……そしてこれは燃え尽きたように逝った。それからはさっき言ったように子供を聖地に預け儂らだけがあの地を出た。ただ今はこうして石の外見をしているが、作った頃は美しく透き通る石であった。見た者全てが『死んでいる』と思わなくてな。いつしか不死の象徴となってしまった」
『まだまだあの頃は儂も若かった』と苦笑いする老人。
「この地に住む朱雀の元に辿り着いた頃には、人も集まり厄介なことになっていた」
「ご老人。嘘ですね?」
「ほっほっほっ」
「人を集めてこの地に来たでょう?」
「何故そう思う?」
「……たぶんですが」
ミキは少々苦々しい表情を浮かべた。
「最初は墓の管理をさせる為かと思ってました。村の中心にあのような炎を作り、それらしく見せていたのでは?」
「ほっほっほっ……続けよ」
「はい。ですがそれだと納得いかない点が生じます。あの亡者たちのことです。だから一度考え方を改めました。亡者たちの餌を得る為に人を集めたのではないのか?」
老人は頭を撫でてただ笑うのみだ。
「生と死を司る鳥にはグリラ以外にも必要とする餌があるのでは? 生きる為では無くて何か術を使う為に要する力です。亡者を、死を食らい力を得た鳥が使う力……それは生に属する力。もしやご老人は自身の妻を生き返らせようと考えていたのでは?」
「ほっほっほっ……」
笑い、老人が手で顔を覆う。
だがその手が退くと、そこには能面のような表情を見せる顔があった。
「この地は死すると魂を自然が集めてしまう。強制的に、とても強い力でだ。儂の術ですら太刀打ちできないそれに歯向かおうと……ずっと旅をしておる」
愛おしそうに石櫃を撫でた老人は、疲れた様子で静かに頭を振った。
(C) 甲斐八雲




