其の玖
「ミキ~っ!」
「どうした」
「目と耳が元に戻りましたっ!」
昨夜得た食事のお蔭か、元気を取り戻し過ぎて忙しなく歩いていたレシアがそう言うなり、自分の胸元から七色の球体を掴んで砂の上に叩きつけた。
「さあ大きくなるんです!」
「こぉけぇ~」
やる気のない声と共に球体が膨らみ、それに飛び乗ったレシアは高い位置から辺りを見渡す。
目を凝らして耳を澄ませて……世界の全てを覗き込もうとするかのように意識を広げる。
「あっちに何かあります」
「だろうな。目的地だ」
「……それと向こうに人がたくさん居ます」
「たぶん王都だろう」
「…………そっちに隊商さんたちが居ます」
「なら用件が済んだら合流だな。いい加減歩き疲れた」
「ミキ~。もっとこう普通に戻った私の気持ちを察して喜んでくれてもいいと思います!」
球体の上で、頬をパンパンに膨らましてレシアが拗ねだした。
『自分関係無いんで』と言いたげなレジックの顔面らしき部分に拳をめり込ませて……ミキは球体から空気を抜く。
シューっと音を立てて縮み始める存在に、流石のレシアもバランスを崩して転がり落ちる。
だが寸前で抱き止め相手の顔を覗き込んでミキは優しく笑った。
「良かったな」
「……も~」
ミキ同様にレシアとてそれがある。惚れた弱みと言う物だ。
怒りの気持ちを投げ捨てて、彼の上半身に全力で抱き付く。
余りの暑さで彼は静かに腕の力を抜いて相手を砂の上に落とした。
「あだっ……ミキ~っ!」
「暑いからとりあえず頼まれた仕事をしに行くぞ」
「も~っ!」
またプリプリと怒りだし頬を膨らませるレシアは、溶けたスライムのように近づいて来る"ナナイロ"を掴んで胸の中に押し込むと、彼を追って全力で走りだした。
しばらくして……彼女は暑さでバテた。
「……おや?」
「こんばんは~」
「おやおや……」
日も沈み切った時間帯に彼らは“そこ”にたどり着いた。
村らしき場所の入り口で腰を下ろしていた老人は、自分に声を掛けて来た者を見て目を丸くする。
愛らしく可愛らしい女性と、そんな彼女の後ろで軽くため息を吐きながら付いて来る青年。苦労が滲み出ている様子から、女性に振り回されているのが良く分かった。
「こんばんはお嬢ちゃん」
「はい。ここって村ですか?」
「ああそうだよ」
老人は柔らかな笑みを浮かべゆっくりと立ち上がる。
だがその姿が、存在自体が……一瞬揺れて消えかける。
「ここは村だ。名も無き村だ。そして……死者の村だ」
朧げな老人はユラユラと揺れながら村の中を指さす。
その動きに釣られて女性……レシアが目を向けると、村にはたくさんの人が居た。ただ唯一気になったのは、生きた人間が一人も居ないことだ。
「ほえ~。皆さん死んでるんですか?」
「ああそうだよ。でもその場所から離れられない。儂らは過去に罪を犯して、この地に縛り付けられているのだよ」
弱々しく笑う老人に、レシアは悲しそうな目を向ける。
「ミキ~」
「俺に振るな。お前が頑張れ」
「でも~」
「……生憎と俺には何も見えんし何も聞こえないんだ」
「も~っ!」
普通の人でしかない彼……ミキからすれば、今の状況は正直面白くない。
大半が砂に飲まれて見える廃墟の石に向かいレシアが何やら話しかけている。そんな風にしか見えないのに彼女は会話をし続けているのだ。
「俺にもその便利な目が欲しいよ」
思わず彼からそんな愚痴がこぼれていた。
「ん~。そうなんですか。えっと……」
会話をしながら歩く彼女に手を引かれ、ミキは村の中心らしい場所に来た。
断定出来ないのは大半が砂に埋まっているからだ。だが彼女が『村の中心に向かいます』と言ったのだから間違っていないのだろう。
と、不意に嫌な気配を感じて彼は視線を動かす。白骨化した遺体が、まるで壁画のように砂に埋もれていた。
何とも言えない不信感に空いている手で十手を掴みいつでも動けるよう気を配る。
グイグイと握られている手を引かれるのでミキはその場から離れ彼女の後を追った。
「ここです」
「何がだ?」
「……ここにあれ~があって、これ~をしてて、それ~な感じで」
「どんな罰が良い? 選ばしてやろう」
「いやぁ~っ! お尻は絶対に嫌ですっ!」
バッと両手を後ろに回して自分の尻を護る彼女の様子から、今回の罰は尻叩きと決めた。
「で、分かる言葉で説明しろ」
慌てて何やら会話した彼女は、指折り数えて口を開いた。
「村の大切なあれを護っていたのですが、いつしか誰もがその存在を怪しんで、たまたまその年の儀式をしなかったら、村に災いが訪れた……とか」
「尻叩き何回が良い?」
「ふにゃぁ~! 頑張ってます。私としたら物凄い頑張りですよ!」
「まだだ。お前はもっと頑張れる子だ」
「厳し過ぎますよミキ~っ!」
本気で泣きながらそれでもレシアは必死に会話をして内容をミキに伝える。
いくら相手が幽霊の類とは言え、レシアと会話をしているらしい老人に同情してしまう。
真ん中に立つ者が確りしていないと本当にダメなのだと痛感し、とりあえずミキは後で尻を二十回ほど叩くと決めたのだった。
(C) 甲斐八雲




