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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
南部編 参章『消えた都市に残る夢』
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其の壱

 照りつける太陽。

 歩く砂地は波打つように視界を揺らす。


 それでも二人は手を繋ぎ歩いていた。


 本来なら夜間に歩いた方が良いと隊商の者たちから聞いていたが、今居る辺りには身を隠し日の光から逃れる場所が無いのだ。

 もう少し歩けば小高い砂丘が見える。そこに隠れて休めれば……と、ミキは浅い呼吸を繰り返しながら足を進める。


「ミキ……もうダメです」

「確りしろ」

「ダメです。我慢出来ません」


 彼は足を止めて、手を引く相手を見る。

 火照った顔が何処か妖艶な感じに見せる彼女は、数歩足を進めると彼に抱き付いてから砂の上に膝を降ろした。


 ゴソゴソと彼の腰を弄ってそれを取り出すと……我慢出来ない様子で取り出して咥え込む。

 コクコクと喉を鳴らし水を飲む相手から、ミキは呆れた様子で彼女が咥えている水筒を奪った。


「ああ……酷い」

「全部飲むな。流石に笑えんぞ」

「でもでも待てば出来ますよ?」

「ならお前が少し待つ番だ」


 水筒の中に入れている不思議な石のお蔭で少量だが水を得ている。それでも二人で共有するには少ない。

 残りの水を軽く口に含み、ミキは一向に近づかない砂丘を見た。


「早くに辿り着かないと干上がるぞ」

「……ですね」


 何故か腰に抱き付いたままの彼女を引き剥がし、ミキは盛大なため息を吐いた。


 隊商から離れ、砂漠の真っただ中で二人きりで迷子になったのにはもちろん訳がある。

 訳はあるのだが……それを思い出すと、ミキ的には目の前の相手を小一時間説教したくなるのでグッと我慢する。


 本当にどうしようもないほど馬鹿らしいことが切っ掛けだったからだ。




 話は数日前に戻る。




 王都へと続く砂漠の道。

 黄色いの地面と青い空の二色しか存在していない場所を、ラクダを用いた隊商が長い列を作って歩いている。


 何を目印に歩いているのか不思議に思うが、長年隊商をしている者たちはほぼ感覚だけで砂の道を進んでいく。後は太陽の位置と夜に生じる月と星。それだけあれば地図も要らないと言うのだから話を聞いたミキは苦笑するしかなかった。

 ただ隣で話を聞いていた少女などは、天がもたらす道しるべすらいらない様子だったが。


 砂の国最大のオアシス都市であるダンザムを出た二人は、無事に王都への旅路を続けていた。

 途中小規模なオアシスに立ち寄り補給を繰り返しながら、隊商は国の南に位置する王都を目指す。


 今回ミキは護衛として雇われず、乗客として金を払って隊商に加わることにした。

 理由はいくつかあるが、一番の理由は決して手放したくない存在を常に傍らに置いておきたいからだ。


「も~。ミキは心配さんなんですから」

「……そうだな」


 休憩の度にクルクル踊り出す相手を見つめながら彼は笑う。

 暑さで溶けた七色の球体はラクダの背に広がり別の何かになっているが気にもしない。それに引き換え頭の上からフード付きの日よけを纏うレシアは無駄に元気だ。


「ん~」


 気分良く踊り運動不足を解消したレシアは、その勢いでピョーンと彼に向かい飛び込む。

 クルッと回避されてズズーと砂の上を滑ると、ムクッと立ち上がりダッシュで戻って来た。


「もうミキ」

「暑い」

「……えいっ」


 それでも抱き付き、頭を押されてレシアは引き剥がされた。

 怒ったように頭を押さえつつも、直ぐ笑顔に変わりまた抱き付こうとして来る。


 ダンザムを出てからと言うもの、彼女は何故か上機嫌で止まらない。

 理由は単純だ。捕らわれていたシャーマンを救い出したことが嬉しくて仕方ないのだ。

 何よりこれから行く王都でも捕らわれているシャーマンたちを救うと思っている。だからやる気が溢れて止まらないのだ。

 実際はそうならないと理解しているミキだが、下手に水を差して相手のやる気が無くなるのを恐れ何も言わない。


 隣に座ることで満足したレシアが彼と同じで空を見る。


「それでミキ」

「ん」

「こう毎日見られていると、そろそろ感覚が変になって来るんですけど」

「俺に言うな」

「ブ~」


 ダンザムから一緒に付いて来る黒装束を脱いだ男たちの視線に晒されながら、ミキは欠伸交じりで空を見る。

 と、視界を最愛の相手の顔が埋め尽くした。軽くキスをしてまた抱き付いて甘えて来る。


「……見られるのは嫌とか言って無かったか?」

「言ってませんよ。ただもっとこうミキに甘えるのが恥ずかしいかなって思いますけど」

「……十分だろうまったく」


 呆れて頭を掻きながら、ミキはしばらく相手の好きにさせた。




「お客さん。こっから先はちと危ないんで何かあったら自己責任で頼みます」


 隊商の責任者である男がそう声を掛けて来たのが、野営の準備をしている最中だった。

 ミキたちは長い付き合いになっている天幕の準備を慣れた手つきで素早く終え、天幕の中ではレシアが貴重な水を使って体を拭いている。


「ああ。事前に説明を受けた例の場所か?」

「へい。自分たちは『底無し』と呼んでますが、砂の中に吸い込まれるんです。それが突然穴を開けるものだから回避のしようがない。もし飲まれたら腰に巻いている縄に捕まって引かれるまで耐えて下さい」

「分かった。ただたぶん今回はその『底無し』とやらは俺たちを避けるだろうさ」


 クスッと笑う若者に隊商の責任者は何とも言えない表情を向ける。


「そりゃまた何故?」

「……俺たちは運が良いんでな」

「あはは。そりゃ大した自信だ。その幸運に預かりたいものですな」


 若者の見栄とでも思ったのか、男は笑うと別の客に注意を促しに向かう。


「何かあったんですか?」

「何でもないよ」

「そうですか」


 天幕から顔を出したレシアがじっと彼を見る。


「髪を洗いたいから手伝って欲しいです」

「……水が貴重だと知っているよな?」

「はい。だからミキの手が必要です」


 自信あり気に答える彼女に呆れつつ、ミキもまた天幕の中へと入った。




(C) 甲斐八雲

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