其の拾肆
放たれはナイフはミキの顔の真横を過ぎる。
咄嗟に投げたたことで狙いに誤差が生じたのと、それを計算してミキが回避していたのだ。
「過激な誘いだな。楽しめたら考えよう」
「余裕をっ!」
両手に短剣を握った女性は、相手のそれを見て眉をひそめた。
棒状の今まで見たことのない不思議な武器を両手に持っていたのだ。
「何だそれは?」
「お前は……素直に聞けば何でも答えるのか?」
「そうだね」
迷いを払って女性はミキに向かい突っ込んで来る。
真っ直ぐ突き進み、手前で右に飛んで視界から消えると……本当に姿を消した。
だがミキは迷わず後方に飛ぶ。
間一髪で自分が居た場所を彼女の短剣がすり抜けていた。
「交わす?」
「ああ。似たようなモノを結構見てるんでな」
そう。それは力技で強引に使った"御業"だ。
本家である人狼マガミの物に比べれば児戯。天才レシアと比べるのはお門違いの歩法だった、
だがそれを見てしまった以上……ミキとしては質問せざるを得なくなった。
「お前……知り合いにシャーマンでも居たのか?」
「……」
沈黙し恐ろしい目つきで睨みつけて来る。
その容姿は決して悪くない。体型は確かにレシアぐらいにも見える。
南部特有の褐色の肌と黒い髪。その髪を短くしているのが勿体無いほど整った顔をしている。
着飾れば貴族の娘だと言っても通じそうだ。
「その歩法……御業だろ?」
「知っているのね……」
「ああ。恐ろしく強い狼の化け物が使っていた」
「それは知らないな」
一歩踏み込み彼女が消える。
レシアともマガミとも全く違う雑な御業に、流石のミキでも目で追えた。
突き出された短剣を十手で受け、グイッと踏み込み相手と鍔迫り合いの形にする。
「どうして俺を狙う?」
「……」
「それと今日、見ていたな?」
ビクッと体を震わせ彼女が蹴りを放って来たので、ミキは後方に飛んで逃げる。
隙無く構える女性は顔の前に短剣を運び構えた。
「近くにシャーマンが居るのね。あの女性?」
「どうかな?」
「……」
少しの葛藤の後、女性は改めて短剣を握り締め構えた。
「詳しく聞きたいけど無理そうね」
「いや出来るだろう?」
「無理よ」
と、彼が一瞬視線を逸らし彼女の背後を見る。
それに気づいた女性は、彼には兄弟の仲間が居たことを思い出し一瞬振り返ってしまった。
誰も居ない。
瞬時に意識を戻し、迫り来るであろう相手に意識を向ける。
「はい。どーん」
「なっ!」
思いもしない角度から突き飛ばされた女性は、体勢を崩しながらも必死に堪えた。
居なかったはずの場所に女性が立っているのを見、自分が罠にかかったのだと知りながらも必死に短剣を構えようとする。
だがそれ程の隙を見せる相手にミキが何もしない訳が無い。
振りかぶった十手で彼女の顎先を振り抜く。
くわんと頭が、脳が震え……女性は崩れ落ちるようにして座り込んだ。
「ミキっ! 女の人を殴るなんてっ!」
「殴ってはいない。軽く頭を震わせただけだ」
「でもですねっ! ……」
何やら言い合う声を遠くにしながら女性の意識は潰えた。
「……くぅっ」
目覚めた理由は顎先の激痛だった。
それを我慢し、まず確認したのは自分への拘束だった。
ガッチリと両手両足首に縄が巻かれ、ベッドの四方へ伸ばされる形で固定されている。
顔を動かすと服も脱がされ下着姿だった。隠してあった武器がほぼ全てが没収されている。
唯一残っている武器は自分の体ぐらいだが……武器として使うには難しい状況だった。
と、突然自分の視界に七色の何かが飛び込んで来た。
それは丸い形をした球体で生きているのかプヨンプヨンと歩いている。
そう……震えながら顔に向かい迫って来るのだ。
「止めろ……来るな」
何とも言えない恐怖に駆られ悲鳴染みた声を上げる。
だが球体は止まらない。球体は彼女の顔の上に鎮座すると何故かフルフルと揺れ動く。
「やめっ。どけっ」
グリグリと押し付けられる七色の羽根に女性は何度も悲鳴を上げる。
と、球体が転がるように前進し、今度は胸元へとやって来る。
「止めろ……止めてくれっ」
器用に胸の下着を緩め中に侵入した球体が、胸の谷間に座り込むと身を震わせ続ける。
その刺激に、羽の先が胸元をくすぐることに、我慢出来なくなった女性は必死に命乞いをする。
だが彼女を助ける者は部屋の中には居なかった。
しばらくして水を入れた壺を抱え戻って来たミキとレシアは、半裸の状態になった女性の胸の谷間で羽繕いをする球体を見た。
そしてレシアの全力投擲が室内で執行されたのだった。
「済まんな。顎の手当てを頼んでおいたのだが、あの馬鹿は最近胸の谷間を巣にする傾向があってな」
天井から吊るされた球体が必死に飛び続けている。
だが疲れて羽を止めると落下し吊るされる。すると借りて来た猫が爪を立てて球体に襲いかかるのだ。
聖地の関係者が見たら卒倒しそうな罰当たりのことを、その地で巫女と呼ばれる存在が実行していた。
「ミキに似てあの子は助平さんなんです」
「飼い主はお前だろう?」
「……あれ? なら私が悪いんですか?」
そう言うことになるらしいと気付き、女性の肌を拭いていたレシアはその手を止めると……手にした布を球体に投げつけた。
「こぉけぇ~」
死にそうな声を上げ、球体が猫の爪から逃れた。
(C) 甲斐八雲




