其の漆
「ん? んん?」
見終えたレシアは何処か不思議そうに首を捻っている。
どうやら最後に見た物が理解出来なかった様子だ。
と、銭を投げ入れ終えて立ち去る客もまばらになった頃、口上を担当している若者が壺を抱えて最後とばかりに残っている客の間を回って来る。
勿論ミキたちの元へと彼はやって来た。
「どうでしたか俺たちの奇跡は?」
「ああよく出来た"芸"だったよ」
「……もしかして知ってますか?」
「ああ。似たようなことはな。だからこそ素直に称賛できる」
照れ隠しで笑う若者にミキは懐から銭を出して壺へと入れる。
その硬貨が金貨だったのを知り、若者は口笛を吹いた。
「兄さんのおかげで今日はこれでしまいに出来そうです」
「そうしてやれ。少し無理をし過ぎてあっちは辛かろう」
「……本当に気づいているんですね」
「ああ。でも言わんよ。商売の邪魔をしたら恨まれそうだ」
ポンポンとまだ悩んでいる相手の頭をフードの上から叩いて移動を促す。
まだ首を傾げているレシアはその指示に素直に従った。
「そうそう。東部にしか住んでいないレジックの話は気をつけた方が良い。誰かが知っていたら『どこで食べたんだ?』と質問されるぞ」
「あはは。それはほら……神様と交わした秘密なんで」
「なるほど。良い答えだ」
何度かミキは相手の足捌きを確認し、ゆっくりとその場から離れた。
「ミキ?」
「どうやって『火の息を吹いたのか?』だろ」
「です。おかしいんです。あの人は話していたから口に『油』を入れてるなんてこと無理なんです」
『ほう』と感心してミキは彼女の頭を撫でた。
「ただこの辺りで話すことでもないしな……宿に戻ってから話そう」
「は~い。だったらもう二本串焼きを買っても良いですか?」
「ふと」
「踊りますぅ~。宿に戻ったら踊るから平気ですっ!」
言い訳ばかり上手になる相手に小銭を渡し、『三本買って来るように』と彼は言った。
「まずお前が見たことを聞こうか?」
「は~い。あの松明の投げ合いは普通に投げ合っているだけです。良く練習していると思いました」
「その通りだな」
きっと毎日のように練習し、数多くの火傷と引き換えに得た技術だろう。
「息吹は?」
「ん~。あれはですね……たぶん油です。油を吹いて火を大きくしたんです」
胸元から七色の球体を引っ張り出して、レシアはそれに口をつけるとふ~と吹いた。
何故か見る見る膨れた球体を、彼女はポンポンと宙に放るようにして遊ぶ。
「でもあの火を吹くのに使った油の存在がどこにあったかが分かりません」
「だろうな。ジッと見ていた客の中にもそこで首を捻っていたしな」
「……知ってる人のそういう態度は好きじゃ無いです」
エイッと彼女は遊んでいた球体を投げて来る。
それを片手で受け止めたミキは、球体の正面らしき部分をレシアへと向ける。
「油はどこから来たのでしょうか?」
「……イラッとします」
「お馬鹿なレシアには難しいかな?」
「この~」
球体の陰に彼の顔が隠れ、あたかも膨れた鳥が話しているような感じがしてレシアは腹を立てる。
ベッドに飛び乗り掴んだ枕を投げると、ポフッと球体に直撃した。
「これがまず一つ目の答えだ」
「……何がですか?」
追い打ちにとシーツを丸めていた彼女の手が止まる。
球体の背後から顔を出した彼は、掴んでいる七色をベッドの方に向けて放った。
「一人だったんだよ。話していたのはな」
「はい?」
飛んで来た球体を受け止めて足の上に置き、レシアはジッと相手を見る。
その様子は何処か物語の続きを待つ少女のようにも見える。
「あの口上をしていた若者が声音を変えて一人で二人分の声を出していた」
「ん? どうしてですか?」
「もう一人が声を出せないからだ」
彼もベッドまで歩き腰かける。
球体を枕にして腹這いに寝そべる姿勢になったレシアは、彼の話の続きを待つ。
「もう一人……火を吹いた方は口を開けない。違う。口を開けても声を出せない。だから話している振りをして、口を開くが声を出していなかった」
「何で分かるんですか?」
当然の質問に、彼は手を伸ばして彼女の白い首に触れる。
「人は話すとここが動くんだ。でも彼は話している時に動いてなかった。代わりにもう一人の方が動いていたけどな」
喉仏を軽く擦ってミキは手を離す。
触れられたレシアは何処か嬉しそうに続きを待つ。
「ならどうして話せなかったのか? 答えは彼の喉に物が詰まっていたからだ」
「喉にですか?」
「ああ。腹の中に水筒を入れてそこに油を注ぐ。管を水筒に挿しその先端を舌で隠す。あとは息吹を使う時に腹に力を込めて油を押し出すんだ」
「ふぇぇええ~っ!」
聞いて想像し……レシアはその過酷さを理解した。
とてもあんな場所でやる様なことではない。
「だからよく鍛練された素晴らしい芸なんだ」
「ほぇ~。だから金貨だったんですね」
「ああ。それに値する素晴らしさだ」
クシャクシャと彼女の頭を撫でてやる。
頭の後ろで束ねられているせいで撫で難かったが、彼女は触れられることが嬉しいので不満は無い。
「ところでミキは何でそれを知っているんですか?」
「ああ。闘技場に居た頃に聞いた」
「ズルいです~」
「そう言うな」
膨れた彼女が甘えて来た。
ミキは優しく撫でてやり、そして現実を告げる。
「ナナイロがお前の重さで潰れているぞ?」
「……踊ります。今からすっごく」
ベッドから飛び起きた彼女は、その足で踊り始めた。
(C) 甲斐八雲




