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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
南部編 壱章『音を立てずに静かに過ごす』

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其の肆

 ユラユラと水の動きに身を任せ、ミキは器用に顔だけ水面より高くして上を見ていた。


 時間の経過が全く分からないのだ。


 窪地にある人狼の村を包み隠してしまうような巨木の枝の間からは、キラキラとした光がずっと差し込んで来ている。途中何度か寝入っているはずだが、それでも光は消えない。

 まるで夜が無いかのように枝の間から鮮やかな光が柔らかく差し込んで来ている。


 ふと波が生じてミキの体を揺らす。

 聖獣と呼ばれる魚が泉にでも戻ったのかと思ったが、まだレシア共々老女に怒鳴られて説教されている。


 彼女の頭の上に居る七色の球体は問題無いが、膝の上に抱かれている魚は……水の中に居なくても平気なのだろうか?


 ダメだったら老女を取り囲み『もう終わってくれ』と念を送り続けている者たちがもっと騒いでいるはずだ。


 なら波を起こした正体は?


 水の動きに揺れる彼を柔らかな物が包み込む。

 その正体は、いつの間にかに近づいてきたマガミであった。


「逃げ切ったのか」

「あら気づいてたの?」

「お前が慌てて逃げるとはな」

「そうなのよね~。村の老人たちを相手に全力なんて出せないし、お蔭で余計な怪我を増やしただけよ」

「そうか」


 揺れていた彼を捕らえマガミは相手の服に手を掛ける。

 無言でジロリと睨まれたが、気にせず服を剥いで包帯を外す。


「流石にまだ治らないわね」

「……この泉は何なんだ?」

「あれよ。巫女様が抱いてる聖獣様の住まう場所。私たちは『母なる場所』と呼んでいるわ」

「母なる?」

「ええ。女性のお腹の中のように包み込んで癒す……良い名前でしょ?」


 言い得て妙とは正にこれのことだ。


 自身の傷が癒えるのを感じながら、ミキは込み上がって来る欠伸を噛み締める。


「とにかく眠くなる理由は?」

「傷を癒しているのだもの。眠くもなるわ」

「そうか」


 返事をするのも面倒になり、息を吐いてミキはゆっくりを目を閉じる。


「レシアの方に変化があったら起こしてくれ」

「あら? こんな美女に抱かれて眠れるなんて……最高でしょ?」

「そうだな」

「えっ?」


 思いもしない返答にマガミの頬に朱色が浮かぶ。


「悪くないから余り揺れないように抱えてくれるか」

「……こう?」

「ああそれが良い」


 自分の胸でミキの頭を挟み、後ろから抱くような姿勢で落ち着く。


 目を閉じて眠る彼を見て……マガミの顔は真っ赤になっていた。

 緊張と言うか、普段はお姉さんぶってはいるが、男性との経験は全くと言っていいほど無い。つまり普段の態度は自分の経験の無さを誤魔化す為の演技でしか無いのだ。


 完全に眠りに落ちた相手を抱きしめ、自身も傷を癒しながら……マガミも泉の中でゆったりとした時を過ごす。

 しばらくして泉の様子に気づいたレシアが騒ぎ出し、また大婆様の雷が彼女に落ちたのは言うまでもない。




「この場所は中心に立つ巨木に守られた……と言うか、神聖樹の袂に私たちの祖先が住み着いて生じた村なの」


 椅子代わりの石に腰かけマガミは外を見る。


 人狼の村には建物という概念が無い。

 雨露は巨木の枝に遮られるので村には届かない。


 故に屋根は必要とせず、この場所に住んでいるのは全て女性だから周りの目も気にしない。

 故に壁も必要とせず、自分自分で適当な場所に寝床を作り縄張りとするのが決まりだ。


「この村では全てを皆で協力し共同し共有する。唯一例外なのは『子種を得る男性』くらいかしらね。こればかりは各々の好みがあるから共有はしないわ」


 地面に毛皮を敷いて腰かけている巫女が、何かに警戒する様子でマガミに向かい威嚇の表情を見せる。

 その様子はまるで怒った猫のように見えて可愛らしいのだが、指摘すれば増々怒るのが目に見えているので……マガミはその件に関しては口を噤んでおくことにした。


「大丈夫よ。巫女様の意中の人を狙う不届き者などこの村には居ないですから」

「……」


『何を言ってるのこの人は?』と物語って来る視線に釣られ、マガミは後ろを見るが誰も居ない。

 まあ巫女様だからと、自身の行動言動の全てを忘れて彼女は言葉を続けた。


「ただ少しずつ人の文化がこの村にも押し寄せ、ここ以外……聖地の外で暮らす者たちも居ます。私はこことそっちを行き来して意思を伝達する役目を持っているんです」

「へ~。偉い人なんですね」

「偉いと言うと違うかな。この村では生まれ持った才能で自分の役目が決まるんです。そして一度決まると、その役目は死ぬまで全うしなければいけない。私が得た役目は伝達……ただそれだけです」


 言ってクスッと笑い、マガミは巫女の膝を枕にしている人物に目を向ける。


 泉から出した時に全身の傷を確認したが、見た目以上に酷い物も多かったらしい。

 聖獣の泉に入ってここまで治りが遅いのは……途中で聖獣が泉の中に居なかったことも考慮するべきだろうか?


 一瞬悩んだが、明日また泉に聖獣と一緒に叩きこめば分かることだ。


「巫女様がそうしてずっと抱き付いていれば、他の者が何かしようとはしないはずです。ですから巫女様。この村に滞在中は決して彼の元から離れずに抱き付いていてください」

「分かった。任せて!」

「ええ。お任せします」


 とりあえず彼女を勝手に踊らせない為の手配をし、マガミは一度二人の元から離れることとした。




(C) 甲斐八雲

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