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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
閑話

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其の伍

 シュンルーツ王国テイの村



 家の外で石に腰かけ座る少女が居る。

 少し伸びた髪をどうしたら良いのか困りながら弄んでいる。

 小柄で線の細い彼女の傍には、七色の球体がこれでもかと大量に転がっていた。

 どれもこれもが必死に歩いているのだが、どう見ても転がっている。


「ほらみんな……大人しくね」


 少女の言葉に球体たちが動きを止める。

 柔らかく笑い少女は軽く咳き込んだ。


 自分の命が長くは無いと理解しているが……最初で最後の作品を仕上げたい。

 干されている白い毛皮を見つめ、少女はゆっくりと自分の胸を押さえた。


「大丈夫。まだ……死なない」


 自分に言い聞かせ少女は笑う。


 だって約束したのだから。この毛皮を手渡すと。


 咳き込む少女に向かい七色の球体が、殺到しその胸を軽く突いていく。

 だが数が多過ぎて……少女は七色の波に飲み込まれた。



「ただいまカロン。カロン……?」

「たすけ……おじ……」


 しばらくして狩りから戻った老人は、今日も七色の球体に弄ばれている少女を見て嘆息した。




 シュンルーツ王国西部の街アウハンガー



 街の外れでクワを振るい続ける男が居る。


 ある日を境に飲んだくれを止め、まるで自分を追い詰めるかのように朝から日が沈むまでクワを振るう。

 衰えていた筋肉は全盛期以上となり、老いを感じさせない肉体を誇る。


「クベーさん」


 クワを振るう男性に、老婆が近寄り声を掛ける。

 クベーと呼ばれた男性は地面に刺したクワをそのままに、体を起して汗を拭う。


「少し休んでください」

「ああ。悪い」

「何を言います。うちの畑の土がこんなに良い状態だなんて……一体何年振りかね~」


 柔らかく笑う老婆は自分の畑の土を全て耕してくれた男性に飲み物を手渡す。

 水に少し果実の汁を加えたそれを一気に煽り、また一気に噴き出した汗をこれまた手渡された布で拭った。


「旦那が死んでからずっと……そんな深くまで掘り返せなかったかね」

「……済まんな。もっと早くに手伝えば良かった」

「良いんですよ。今こうして手伝って貰ってるだけでも本当に助かっているんだから」


 本当に感謝している老婆は、無償で手伝ってくれる彼に頭を下げ続ける。

 少し前までは朝から酒を煽っていたクベーであったが、ある日を境に身なりを整えると、クワを手に畑仕事を手伝うようになったのだ。


 朝から晩まで自身の筋肉が悲鳴を上げてもクワを振り続けた彼の体は、当初に比べると逞しいと言うよりもはや別人のようである。


 上半身を日焼けさせた彼は、軽く腕を回すと辺りの畑に視線を向ける。

 毎日のようにクワを振るって来た畑は、目に映る範囲全てを耕してしまった。

 感謝の言葉など毎日聞くが、彼は自身の鍛錬の為に勝手にやっているという認識でしかなかった。


「クベーさん」

「はい」

「今日この後は?」


 老婆の畑が最後なので、今後はクワでは無く斧を手に薪割りでもと考えていた。

 しかし老婆の問いは彼の考えとは別の物であった。


「セヒーさんが愚痴ってましたよ。まだヒナさんと喧嘩したままなのでしょう?」

「……」


 胸の奥を抉る様な言葉にクベーは言葉を詰まらせる。

 自身の長女であるヒナとは……ずっと疎遠と言うか、嫌われている。

 全て自分が招いた過ちであるから娘のことは悪くは言えない。

 縁を切られなかったことを神仏にでも感謝することの方が正しい。


 そんな娘に悩む男の姿を見て老婆は笑う。


「クベーさん」

「はい」

「娘さんが結婚するまでに謝った方が良いですよ」

「……」

「自分の家を持つと娘はそっちを大切にします。そして何より娘と言うのは母親を大切に思うもんです」

「……ですか」


 身に覚えがあると言うか、老婆が指摘するような状況であるのをクベーは理解していた。

 娘が家に来るのはあくまで母親に会う為であり、自分が居ると余りのいたたまれない空気に……逃げ出したくなると言うか逃げ出している。

 それもこれも全て過去の自分の行いのせいだ。


「早くに謝ってしまいなさい。きっと娘さんも別に謝って欲しい訳じゃないんだろうけど……切っ掛けが無いと家族でも仲たがいしたままだよ」

「分かりました」


 素直に忠告を受けクベーは荷を纏めると、老婆に別れを告げて自宅へと向かった。




 家の外で土や汚れなどを落とし家に入ろうとすれば、どうやら今日は娘が来ているらしい。

 入ろうとしていた足を回れ右。彼は一度自宅から距離を取る。

 胸に手を置き呼吸を整えると……忍び足で自宅の裏側へと回った。


 薄い壁に耳を当てると、彼は周りの目など気にせずに中の会話へと意識を向ける。

 微かに伝わる声は、長女と妻の物だった。


『もう誰に似たのかしらね』『違うわよ』『同じでしょう? 意地ばかり張って避けているのだから』『でも』『まあ貴女は何だかんだ言っても私の優しい娘だものね』『……うん』


 会話だけではやはり良く分からない。とは言え自宅の中を覗こうとするのは流石に気が引ける。

 覚悟を決めて自宅へと入ろうかと思ったが、そこはやはり覚悟が決まらない。


 入り口の傍でうろうろとしていると、こちらを見る視線に気づきクベーは足を止めた。

 幼い妹を連れた少年……子供のツルギとハナだった。


「何してるの?」

「……」


 怪しい生き物でも見るような息子の目に、彼は引き攣った笑みを浮かべ頭を掻く。

 自宅を覗く父親の様子を見て、娘などは完全に怯えてしまっていた。


「……」


 ジーっと見て来る二人の視線に耐えられなくなり、彼は子供の元へ歩み寄ると纏めて抱え上げた。


「うわ~」

「きゃ~」

「あはは。高いか?」


 少し放り上げる様にして二人を自分の肩に乗せると、そのまま自宅から離れる様に歩き出す。


 今日はこのまま二人の子供たちと遊ぶこととした。

 長女への詫びを後回しにすることは良く無いと分かっている。

 だがやはり今までの積み重ねで覚悟が鈍ってしまうのだ。


(若に知られればまた怒られるであろうな)


 偉大なる人物を義父と持つ若き主は、齢の割には落ち着いた思考の持ち主であった。

 きっと彼であればこの様な問題など簡単に解決するだろう。


(本当にまだまだ……修行の日々にございます)


 苦笑し我が子を肩に乗せクベーは歩いた。



 彼が長女に謝罪できたのは……旅に出る前夜であった。




(C) 甲斐八雲

 これにて東部を思い出す閑話は終わりです。

 長くなると思っていた話ですが、ここまで長くなるとは思っていなかったのでこんな話を作りました。

 後の大戦で出て来る人、出て来ない人とか居ますけど…まあ気にせず。


 次回からは予定通り南部編と行くはずでしたが、南部に行く前にちょっと寄り道を。

 ある種ゴールの様な場所なので本当に軽くですけどね。


 それから南部編をやって西部へと。

 まだ微かにだけど……ゴールが見えた来たような気がします。


 ここまでの感想や評価、レビューなど頂けると幸いです。

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