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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
北部編 伍章『傾奇者と武芸者と』

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其の捌

 何も考えずに宿を離れたのは失敗だったのかもしれない。

 ミキは内心自分の選択を後悔しつつ、そっとレシアを引き離した。


「先に宿に戻ってろ」

「でも……」

「流石に相手も街の中では仕掛けないさ」


 不安げな彼女の頭を優しく撫でる。


「顔を見せてし合う場所を決めたら戻る」

「……"約束"ですよ?」

「分かった」


 いつか教えた指切りをして、レシアは後ろ髪引かれる思いでその場を離れた。




 トコトコと走っていたレシアは不意に感じた気配に飛び退いた。


 宿屋までもう少しの場所で……彼女はその人物を見た。

 齢の頃は三十後半ぐらい。引き締まった体躯と纏う空気が印象的だ。


 ザラリと音を発しそうな無精髭を手で擦り、男が締りの無い顔で笑う。


「お前……シャーマンか?」

「……」

「口が利けないと言う訳では無いな」


 圧倒的な気配にレシアは恐怖から逃れる道を探す。


 引き返すことが一番だと分かっているが、相手に背を見せるのが嫌だった。

 本能が、心の奥底から警告を発するのだ。

 ならば前に進むしかない。宿に飛び込んで部屋まで逃げれば……普段通りにレシアは足を動かす。


『天賦の才能』


 静かに動き出した彼女の足が数歩動くと姿を消す。

 シャーマンの御業で男の横をすり抜け、


「話の途中だ。何処に行く?」

「嘘……」


 相手に掴まれた手が、事実だと物語っていた。

 今まで誰にも、あのミキにすら見つけられていないシャーマンの御業を見破られた。


 強く握られた手首に顔をしかめ、それでもレシアは相手の顔を見た。

 左目を閉じた相手がニヤリと笑う。


「その歩法は何度か見て学んだ。今まで見た中で一番綺麗だが、知っていれば破る方法ぐらい思いつく」

「……」


 まさか片目を閉じるだけのそんな方法で破られるとは思っていなかった。


 レシアに残された選択肢は少ない。

 その中で一番実行可能な選択肢を選び……声を、悲鳴を上げようとした彼女の腹を衝撃が襲う。


「かふっ」


 体の芯から震える一撃に、レシアは完全に意識を飛ばした。




「兄さん。そんな場所で待ってても来ませんで」

「……お前か」

「はいな」


 誘いに乗って街外れの広場で待つミキに、『気づいてな~』と言いたげに手を振る人物が一人。

 飄々と現れた男にミキは顔を背けた。


 どうもこの軽薄な男が気に入らないのだ。


「何や……兄さんも出会った頃の旦那みたいな反応をするんですね。人を見た目で判断するのは一番の"あやまち"ですぜ」

「確かにな。それで何だ?」

「俺っちはこんな仕事いやや言うたんですけどね~」


 フッと投げられた物を空中で掴み、ミキは一瞥して把握した。


 ゴンと名乗った男が数歩後退する。

 確実に間合いの外へと逃れた。


「危ない危ない。黙って付いて来てくれますか?」

「……なら荷物を」

「どうぞどうぞ」


 手に持つレシアの白い飾り布を……ミキはギュッと握り締めた。




「クゥォケ~っ!」

「騒ぐな。ナナイロ」

「コッコッコグゥェ~っ!」


 普段発しない声で床を転がる球体を蹴り退け、ミキは手早くすべての荷物を纏める。


 この部屋に戻れる確証も無い今、忘れ物は正直面倒臭い。

 ただ問題が一つある。二人分の荷物が……少々厄介だ。


「外のアイツに」

「コォ~ケェ~っ!」


 転がって来た球体がその口を開くと、荷物を全て吸い込んだ。

 その様子を呆気にとられ見つめたミキは、そっと手を伸ばして球体を握り締める。


「あとで吐き出せるのか?」

「ゴォゲェ~」

「ならさっさとやれよ。それがあれば荷物を持たずに済んだと言うのに」


 不満がてら愚痴を言って……仕方なく球体を肩に乗せる。


「さて……今回は俺の判断の過ちだ」


 パンと腰に差す刀を叩き、ミキは必死に押しとどめる感情をさらに抑える。


「……レシアを救いに行くぞ」

「コ~ケ~」




「む~っ!」

「もう目が覚めたか」

「ん~っ! む~っ!」


 縛られて荷台車らしき物に転がされているレシアは、とりあえず自分の状態を確認する。


 手足は縛られ口にも布が巻かれている。

 口の中まで布が押し込まれているせいで口を閉じることが出来ない。


「舌を噛まれると厄介だからな……」

「む~っ!」

「無駄に暴れるな。お前の連れにはここに来るように言ってある」

「ん~っ!」


 しばらくジタバタと暴れたが、レシアは不意に静かになった。


 問題が二つ発生したのだ。空腹と尿意。

 片方は辛いが我慢出来る。だがもう片方は色々とダメだ。

 流石にこの齢で垂れ流そうものなら、その事実を彼に知られようものなら……想像しただけでゾクゾクと背筋に冷たい物が走る。


 ならば我慢しかない。我慢して……何処に行くのだろう?

 ようやくレシアはその事実に気づいた。




「何処に行く?」

「そら……誰にも邪魔されん場所です」

「どうしてだ?」

「そら……兄さんかて気づいてるでしょう?」

「そうだな」


 街を出てからしばらくするが、背後から少数の気配を感じている。

 たぶん兵士が付けて来ているのだろう。


「俺っちは旦那が街を離れるまでの囮です」

「それに俺を巻き込んだか」

「せや。堪忍してな」

「……最終的にレシアの居場所に案内するなら、な」

「分かってますって。約束しましょ」


 黙って歩くことを再開したが……ミキは堪え切れず口を開いた。


「その方言が色々混ざっている喋りは何だ? 聞いてて疲れる」

「でしょ? 意外とこれ……疲れるんですよ」


 ヘラヘラと男は笑う。


「なら普通に喋れ」

「せやな~。でもこれすると兄さんみたいに表情に出る人もいるんですわ」

「……」

「方言が分かるっちゅうことは、あっちの人と言う証拠や」

「なるほどな」

「まああと、俺っちの細やかな趣味でもありますが」


 ヘラヘラと男がまた笑う。

 ミキは黙ってありったけの殺意を相手に向けた。




(C) 甲斐八雲

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