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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 壱章『夢か現か幻か』
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其の弐拾伍

『移動の準備がもうそろそろ終わる』とクックマンから知らせを受け……ミキはようやく天幕を出て、次なる闘技場へ向かい移動準備を進める仲間たちに声を掛けて回り出した。


 闘技場の興行とは、準備から撤収までの期間で会場を借り受ける。

 一度の興行で準備に5日。興行に20日程度。撤収に5日から10日が目安になっている。


 今回は高収入もあり、団長のシュバルが追加料金を支払い撤収の準備がゆっくりと行われている。荷馬車の修理から足らない物など、これ幸いと直したり作ったりなどしているのだ。

 おかげで多くの者が働いているが、撤収自体はある程度終わっているので慌ただしさは見て取れない。


 その間をミキは最初目立たない様に静かに歩きながら回っていた。

 途中からは普通の歩みとなったが。


 イルドを慕う者たちからの報復を恐れて静かにしていたが、どうやらそれは取り越し苦労の様だ。彼らは他の戦士たちとの交流を築きつつあった。

 ただ全員では無く……数人からは殺気まみれの視線を向けられたが。


 長く居た場所を去ることは、思っていたよりも忙しい物だ。

 奴隷では無いが奴隷生活を送っていたので特に荷物など無いが、挨拶だけには事欠かない。

 本当に長く居たのだなと自覚しながら、ミキはあっちこっちを回っては挨拶をしていく。


 天幕で待っているのを嫌がって一緒について来ているレシアが、黙って従っているのが少々気になる。

 彼女が一緒に居ることで、会う人会う人から祝福され下世話な話題を振られるのには困った。

 黙って腰の刀に手を添えて無理やり相手の口を閉じざるを得なかった。


 挨拶回りで知ったことだが、ミキが戦士として残るだろうと思っている者が本当に多かった。だから立ち去ることを伝えると、本当に残念がられた。

 特に一番悲しんだのは団長のシュバルだ。『しばらく一緒に行動して舞台に上がってくれ』と懇願されたが『舞台に上がった時はここを離れると決めていたので……』と、何度も丁寧に言葉を重ねて泣く泣く相手の承諾を得た。


 順調に挨拶を済ましていき……残っているのは何かと世話になった二人と世話をした一人だ。


 マデイは泣きながら別れを惜しんでくれた。

 短い付き合いであったが、『きっとまたどこかで会うこともあるさ』と笑顔で挨拶を交わす。


 そしてずっと面倒を見て貰って来た二人……ガイルとハッサンは、一儲けした金で酒盛りをしていた。




「おうミキ」

「飲み過ぎだろう?」

「気にするな。良い酒は違う腹に収まるってもんだ」


 ガハハと笑う上機嫌なハッサンと、チビチビと飲んでいたガイルがこちらを睨む様に見て来た。


「行くのか?」

「はい」

「行き先は?」

「風の吹くまま気の向くまま……とりあえず海を見に行こうかと」

「海か。海は良いぞ。何よりつまみが多い」


 ガハハと笑う酔っ払いは視界から外し、ガイルはどこか言い難そうに頬を掻いた。


「俺も齢だしな……周りの意見を聞いて、身の回りの世話をして貰う女を買うことにした。クックマンの奴に頼んだら、次の時までに俺にピッタリの女を探して来るから『どんな女が良いか』ってさ」

「ああ。それが良い」

「で、俺にピッタリってどんな女だよ。ミキ?」


 難しい質問に彼は軽く首を捻った。


「元気な人が良いです。多少不器用でも元気な人が合っていると思います」

「……元気な女か?」

「はい。朝から元気良く……それこそ貴方を叩き起こしてくれるくらいの人が良いと思います」

「そうか。そうだな。確かにそれぐらい元気ならこっちも枯れている暇が無さそうだ」


 あははとレシアの言葉に笑い返して、ガイルは何度も頷いていた。

 満点解答をした様子の彼女を見てミキは思った。『本当にこの子は人とは違う"何か"を見ているのだろう』と。

 シャーマンのなせる業かどうかは知らないが、こんな力を持つ者など話にも聞いたことが無い。


「それでガイル……世話係を得るってことは、そろそろ引退か?」

「ああ。今後はこの酔っ払いと一緒に若いのに仕事を教えながら、いずれはどこかの街で落ち着いて暮らすことになるだろうな。その時は団長なりクックマンなりに住む場所を伝えておく」

「必ず尋ねるよ」


 本当に厳しく自分を育ててくれた人に一礼をする。

 上機嫌で笑っていたハッサンは、会話の終わった瞬間を見定めてひょいとそれを投げて寄こした。


「残りのもう片方だ。これで終わりだ」

「……悪くない。最上の出来です」

「当たり前だ。俺様最後の仕事だからな……最後の仕事が薄い剣や棒が二本などを打つとは思わなかったが満足は出来た。何よりもう齢だ。徹夜がこんなに辛く感じるとはな」


 アハハと笑い……彼は静かに盃を回した。


「俺もガイル同様にいずれはどこかの街に住み着いて死ぬだけだ。

 でもな……後悔はしてない。今までいろんな場所を巡って、色んな奴に武器を作って来た。俺は鍛冶師としたら幸せな部類だろうよ」

「そうだと思います」

「だからミキよ」


 相手の初めて見る優しげな目にミキは内心戸惑った。

 まるで孫でも見るかのような暖かで柔らかな視線だ。


「お前も好きに生きろ。ただし……長生きはしろ」

「今回は、必ずそうします」


『今回は』の部分だけは小声で発していた。

 元々ミキはそう生きようと決めていたのだ。自由に……義父の様に。


 そっと一礼をして顔を上げた彼は、自分の後ろに居たはずの少女が二人の老人の間近まで移動していることに気づいた。

 最後の最後で堪え性の無い。


「貴方たちはとても良い人です。纏っている空気がとても良い」

「そうかいお嬢ちゃん。ありがとうよ」

「だからこの周りには良い空気がいっぱいある」


 クルッと何かを自分の体に纏わり付かせるかのように彼女は軽く回った。

 そんな動きですら踊りの一つに見えるのだから……彼女の望む頂は本当に高い物なのだろう。


「なあレシア」

「は~い」

「軽く踊ってくれないか」

「私の踊りを酒のつまみにするのですか?」

「つまみにされたくないのなら、酒を飲むことを忘れるくらいの踊りを見せろよ」

「軽くと言っておいて……本当にミキは酷い人です」


 分かっている。相手の少女は挑まれたら受けて立ってしまう性格なのだ。


 足元を確認する様に、数回飛び跳ねた彼女の踊りは唐突に始まった。

 それはまるで地面に舞い降りた鳥、白鳥を思わせる優雅な動きだった。

 全力で踊っているのは一目で解る。

 その踊りに……老人二人が酒を飲むことを忘れて見入っていることもだ。


『ああ本当に綺麗だな……』と、ミキは心の中で相手の踊りに惜しみない賛辞を贈る。

 この踊りを、自分は弔いの為に独占することが無い様に生きて行かなくてはいけない。

『死して自分は欲張りになったようです。義父殿』と思い、苦笑気味にミキは笑った。


 彼女の踊りは静かに終わった。


「美しかったなガイル」

「ああ……本当に」

「祝うはずの俺たちが祝われるとはな」

「違いない」


 ガハハと嬉しそうに笑うハッサンと、ただ盃を掲げて寄こすガイルに……ミキはもう一度頭を下げた。




(C) 甲斐八雲

 これにて壱章の終わりとなります。


 加筆修正して、少しは世界観とか伝わる様になったかな?

 読み返してはちょくちょく直しているのは秘密です。


 ここまでの感想や評価、レビューなど頂けると幸いです。

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