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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
北部編 肆章『幼子のように泣く』

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其の弐拾肆

「ホルス様っ!」

「ん?」


 荷物を取りに行くと言って別れた二人を捨て置き、一人で歩いていた老人は、自分の目の前に来た者に対して目を細める。

 長いこと会っていなかったが……彼は自分がまだ真面目に"大臣"をしていた頃の部下であった。


「久しいな」

「はい」

「何しに来た?」

「……」


 静かな老人の声音に、彼はビクッと肩を震わせた。


「お前が今するべきは、ここでこんな老人に頭を下げることでは無かろう」

「ですがっ!」

「良いんだ。儂はもう一度死んだ身……また生き返ることはしない。お前が信じられる者に国王と大臣の不正の資料を手渡しこの国を立て直す手伝いをせよ」

「ホルス様」


 宰相の元で部下をしていた彼は、十分に訴え出ることの出来る証拠は集め終えていた。

 だが訴えることをしなかったのは、相手がこの国の最高権力者たちだったからだ。今となれば『元』と付くが。


 カカカと笑い立ち去ろうとする老人に、部下だった者がもう一度視線を向けた。


「ホルス様はこれから?」

「……今日死ぬ気でいたのだがな。何をするのか悩む所だ」

「ならばもう一度」

「くどいぞ。儂はただの死人だ」

「ですが……国の中枢で本来の貴方のお顔を知る者などほとんど居ません。ですから名を変えっ」


 静かに向けられた老人の視線はとても冷ややかだった。

 それ以上語れば命は無いと物語っている様な……。


 はぁと息を吐くように老人は力を抜くと、疲れた表情を見せた。


「ホルスはもう死んだのだ。それで良い」


 突き放す様に声を紡いで老人は歩き出した。




「何だ。まだ逃げていなかったのか?」

「別れも告げずに行けないだろう? 相手は母親だ」


 綺麗に、優雅に舞う"娘"の姿を見て……老人はその目を細めた。


 身重であった彼女が踊ることも無く、出産後は体調を崩し床に伏せてばかりだった。

 唯一踊りを見たのは……彼女が身まかる数日前のことだ。

『今日は驚くほど体調が良いんですよ』と笑いながら踊っていたその姿が今も脳裏に焼き付いている。


「どうだ? レシアの踊りは?」

「……まだまだだな」

「そうか」

「こう……胸や尻の色気が足らん」

「言うな。聞かれたら怒るぞ?」

「聞こえてますからね~」


 クルクルと回る方から気が抜けているが厳しい声が飛んで来た。

 やれやれと老人は若者の隣に座る。


「なあ」

「何だ?」

「あんたは本当は"どっち"なんだ?」

「……どっちでもある」


 踊りに目を向けて老人は思い出す。


「つまらんことさ。本当につまらん。兄はこの国を変えたいと言う強い気持ちを持っていた。だが能力も地位も何もかもが無かった。弟は静かに暮らしたいと言う甘い気持ちを持っていた。だが能力も地位も何もかもが備わっていた。そんな二人が出会い会話をし続けていたある日……その可能性に気づいた」

「入れ替わったのか?」


 つまらなそうに鼻で笑い、老人はパシッと自分の頬を叩く。


「兄は姿を隠し儂となった。儂は兄の替わりに市井に出た。何かあれば互いが入れ替わって仕事を進める……本当の"ホルス"を知る者はこの国に数人だけだ」


 持ち帰って来た仕事を自分がやって兄が提出する。

 そんな日々を過ごし大臣となった兄の替わりに外交もした。きっと交渉相手が本当の"ホルス"と出会っていたら驚き腰を抜かすであろう。姿形が違うのだから。


「儂は好き勝手して、兄も自分の理想を夢見て……本当に楽しい日々だった」

「だが破たん寸前だった」

「気づいたか? ガンリューが来る前からもう限界に達していた。兄は勤勉だったが……まあ何だ。出来が悪かった」

「だからあんた達はガンリューと共に逃げることを考えたのか?」

「近いな」


 頭の良い男だとホルスは思った。本当に良い相手を見つけたものだと思う。


「殺された振りをして逃げるはずだった」

「そうか。その殺し屋がガンリューか」

「如何にも如何にも」

「どうして?」

「それは結果か? 兄は……正直すぎたのだ。儂らの替わりに人が死ぬことを許せなかった。それだけだ」

「そうか」


 きっと自分の我が儘に付き合わした弟だけでもと考えたのか。

 ミキにはその気持ちが分かる。分かるが……自分はそれ以上に酷い"兄"だった。


「お前たちはこれから?」

「西に向かう。それから南部へ」

「……"ミツ"と言う男を探しているのか?」

「知っているのか?」

「噂じゃよ。ただ強いと聞いている。恐ろしいほど強いとな」

「そうか」


 踊りを終えて駆け寄って来たレシアが彼に甘える。

 全身を押し付けて甘えて来る彼女に彼が軽く右手を上げると、『ひっ』と怯えて飛び退いた。


「爺さん」

「ん」

「これの処分を頼んで良いか」

「……持って行かんのか?」


 彼が投げて寄こした物を掴む。長い武器は綺麗にされていた。


「それを使っていると怒られそうな気がしてな。気が引けて使えないんだ」

「そうか。ならばどこか川にでも投げ捨てよう」


 もともとガンリューからそうしてくれと頼まれた物だ。


 クル~っと回って来たレシアがホルスの前で止まった。


「お爺さん」

「何じゃ?」

「はい」

「……何じゃ?」


 手渡されたのは七色の球体。

 不思議なことに生き物らしく……パタパタと小さな羽を動かす。


「コケ~」

「何じゃ?」


 キラキラとした光が見えて、七色の球体にトントンと胸を突っつかれた。


「長生きしてくださいね」

「……そうじゃな」


 何が起きたか分からないが、長いこと苦しかった胸が楽になった気がする。

 彼女の頭上に球体を戻すと……フワッと柔らかく抱き付いて来た。


「お母さんのお墓を……守ってくれてありがとうございます」

「ついでじゃよ」


 そう。その墓の隣で眠る兄の墓のついでだった。

 全てが偶然とついでのはずだったのに……救われたのはホルスの方だっただけだ。


「ああ。この世とは本当に……摩訶不思議よのう」


 酔ったガンリューが良く呟いていた言葉をホルスもまた発していた。


「忘れるところじゃった。レシアよ」

「はい?」

「二日早いが……15の誕生日おめでとう。幸せに生きよ」


 フワッとした足取りで老人は歩き出す。

 小首を傾げて指を折る彼女を頭をミキは優しく撫でた。


「おめでとう。二日早いらしいがな」

「……嬉しいけど嬉しくないですっ!」


 満面の笑みでレシアは不満を口にした。




(C) 甲斐八雲

 これにて北部編肆章の終わりとなります。

 おかしな爺キャラが好きですが……気づけば当初の予定とキャラが違う。

 まあどうにかなるでしょう。たぶんきっと。


 次で北部編最後となります。

 名前はちょくちょく出てきている『ミツ』と『ミキ』との対峙です。

 武蔵並の化け物と言われている相手にミキはどうするのか?

 その前にまた癖が強いキャラが出てきたりします。


 何より……レシアは成長しているのだろうか?


 ここまでの感想や評価、レビューなど頂けると幸いです。

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