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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
北部編 肆章『幼子のように泣く』

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其の弐拾壱

 進行方向前方に現れた人物に馬車が止まる。


 通りを警備していた者は、兵などでは無く日雇いの一般人でしかない。

 何より今日は詳しい説明が無いまま突然準備が進み開始した。

 結果として警備の者たちは、顔に覆面をした人物が不審者かどうか判断しきれない。


「何者かね?」


 ざわつく声を静めるように、馬車の上から声が掛かる。

 発したのは国王たるゼーベルトだ。


 実は彼も現状の把握がままならないで居た。

 だが呼ばれた以上は、応じない訳にもいかない。

 結果として様子を見ている者たちは、祭典の一部……何かしらの催しかもしれないと口を閉じ目を瞠った。


「お初にお目にかかる」


 優雅に一礼して来る相手は、左の腰に2本の不思議な形の棒を、そして背中にも長い棒を1つ背負っていた。


『やはりホルオスが仕組んだ遊びか?』


 そう思った国王は、気を楽にして人物に声を掛ける。


「我は国王のゼーベルトだ。お主の名を伺おう」

「はい。我が名は……ガンリュー」

「ガンリューとな? はて……どこかで聞いたような……」


 考え込む国王の様子は演技などでは無かった。

 思考の端に、まるで魚の骨が喉に刺さった様な……そんな違和感を覚える。


 国王よりも先にその名を思い出した者たちが、ヒソヒソと家族や仲間などに耳打ちをする。

『大臣殺しの……』と言う声が耳に届いた時、ゼーベルトは目を見開き相手を見た。


「ガンリューと申したな?」

「はい」


 ゆっくりと彼が頷く。


 ゴクッと唾を飲み、国王は震える唇を無理に動かした。

 ピリッと張り付いた唇が切れた気がする。


「大臣ホルムを殺害し逃亡した者の名に似ているが?」

「あはは……」


 軽く声を上げ笑う様子に、誰もが『似た名前か……』と案じた。


「何を申しますか? ホルスを殺したのは宰相ホルオスの命を受けた者。そして殺害をホルオスに命じたのは貴方様ではありませんか? 何故この私が大臣殺しの犯人になっているのか……まるで分かりませんな」

「ぐっ……何を言うかっ!」

「事実でしょう?」

「私を侮辱するのか!」

「いえいえ。ただ事実のみを口にしております」


 静かに一礼する彼に、ゼーベルトは言いようの無い不安を感じた。


『どうして知っている?』


 その気持ちが彼を焦らせる。


「国王たる私を侮辱するなど許せんっ!」

「ならば自分も殺しますか? ホルスのように……自分の邪魔をする者は全て?」

「……そこの不届き者を捕らえよ」


 国王の命に通りを警備している者たちは仲間同士で顔を見合う。


 彼らは日雇いで交通整理をする為だけに雇われたに過ぎない。

 今は儀式の中でしか存在しないカルンアッツ軍の制服を身に纏っているが。


 と、覆面の男が背中に背負う棒に手を掛ける。

 スラッと引っ張り出されたそれは、太陽の光を弾き輝く。

 胸の前で結んでいた縄を解いて、背負う"鞘"を通りの群衆へと投げ込む。


『痛いじゃないですか! 頭に当たりました! 後で……ですからねっ!』


 不幸な事故に巻き込まれたのだろう、少女らしきものの激昂した声が響いた。


「自分は西の闘技場で名を馳せた者。腕に自信が無いのであればこの場から逃れよ」


 静かに一歩足を踏み込むと、馬車の警護をしている兵士たちが慌てふためく。

 彼らもまた、今日の日だけにと集められた日雇いでしかない。


「このガンリューの"秘剣"を……受けて死にたい者だけ前に出よっ!」




 ホルスはその姿を見ていた。

 一度だけ"本気"を見せたガンリューを彷彿させる。

 友であった彼が言うには、それは『剣気』と呼ばれる……"彼ら"が持つ独特な雰囲気らしい。


「もうミキは……コブになったじゃないですか……」


 うるうると両目に涙をためてレシアが拗ねる。


 投げつけられた鞘は、捕まえたと思った寸ででその軌道を変化し、運悪く彼女の頭に当たったのだ。

 今日に限って普段頭の上に居る七色の球体も居なかった。


 怒った様子で長い棒を胸に抱くレシアは、ゆっくりと歩く彼の姿を目で追う。

 物凄く豪華な馬車の上で騒いでいる老人の周りの空気はとても嫌な色をしている。それに似た空気を持つ者が後方の馬車にも居る。


 どうして人はこうも悪い空気を集めて育てるのだろうか?


 視線を戻す。大切で大好きな人に。


 彼が纏う空気はいつもながらに不思議な色だ。

 七色と言うか……レシアの頭の中にそれを言い表す言葉が無い。

 でも見ているとその目も気持ちも吸い寄せられそうになる。

 不思議な色だが……彼は"嫌な色"だけは身に纏わない。


 何かあれば自分が踊り宥めているとは言え、あれほど人を切って捨てれば普通身に纏うはずだ。

 お爺さんも……人々からガンリューと呼ばれたあの人でさえも身に纏っていた。


 でも彼は全く身に纏わない。


 近づいて来る嫌な空気を振り払うかのように、彼の纏う空気はいつも力強い。

 見ていて惚れ惚れとする。


(決めた)


 この後はきっといつも通りこの街から逃げ出すに決まっている。

 荷づくりを終えた荷物もうまく隠して来てある。

 そうなれば今夜は久しぶりに二人っきりで天幕の中だ。


(今日はミキが嫌がってもあの空気にたくさん触れよう)


 そうしないと……自分の中の悲しみに負けてしまいそうだから。


 レシアが見つめる視線の先で、殺到して来たゴロツキ風の男たちに彼が長い武器を振るった。




(C) 甲斐八雲

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