其の拾伍
「む~っ! むっむっ!」
「どうした?」
「何なんですかっ! この服はっ!」
一仕事を終えて二人は人通りの少ない通りを歩いていた。
ただ終始怒っている彼女の声が響いている。
「……似合っているぞ?」
「えへへ……じゃ無くて! お腹とか背中とか出し過ぎです!」
プンスカ怒るレシアは、自分の着ている服に文句を募っていた。
街の商店で『踊り子らしい服を』とミキが頼んだら出て来たのがそれだった。
確かに肌の露出が多い。他人の前で余り着せたくしない服ではある。
「何より色がなってませんっ! 胸と腰は赤じゃ無くて黄色です! 今日はそっちの方が良いんです!」
「色の問題か」
「大切なことですよっ!」
「そうだったな」
とりあえず二人は、近場の宿に入ることにした。
この辺りは酒場が多くこうして異国の女性を連れて宿に来る者も多い。
何でも南部の女は踊りを商いとする者も多く、そして夜伽で商いをする者も多いとか。
左腕に抱き付くレシアを見て宿屋の者も不思議に思わない。
手慣れた様子で宿屋の者はミキに部屋の鍵を渡して来た。
場所を部屋の中に移すと、彼女はまず着ている服に手を掛け……チラッと彼の方を見た。
「ミキ」
「どうした?」
「着替えがありません」
「適当な服を買ってはあるが……色まで俺に求めるな」
腰の後ろに吊るしている袋を取り外して彼女に手渡す。
ササッと服を脱いで着替えたレシアは、豪商の娘くらいには見える。
何よりドレスでも着れば貴族の娘でも十分に名乗れる容姿を持っているのだ。
「この服は?」
「要るならしまっておけ」
「……」
畳んでしまう様子から、服その物に文句は無いらしい。
シャーマン独特の色彩感覚をミキは良く分からずに居た。
「あ~。いっぱい踊れたんですけど、あんな場所で踊るのは好きじゃないです」
「そうか」
「だからミキ」
ベッドに飛び乗り横になった彼女が、ポンポンと自分の隣を叩く。
無理な注文をしたのだから、その対価を露骨に求めている様子だ。
「少し考え事がしたいから静かにしてろよ?」
「は~い」
横に転がりレシアを抱きしめてキスをする。
フルセットを堪能した彼女は、ホウッと熱い息を吐き出して嬉しそうに眼を弓にした。
彼女の頭を撫でて、ミキは頭の中を切り替える。
これで老人に向けられた捜査の手は自分に向いたはずだ。
それは良い。どうせこの街に長く滞在する理由は本来無い。
ただやはり何かが引っ掛かる。
大臣の殺しを命じたのは今の宰相だ。
その罪をガンリューが背負った。
ここまでは良い。
ならどうして老人はガンリューの振りをしたのだ?
考えられることは……その存在が居ると言う見せつけだ。
存在を知らしめることで、彼はホルオスに圧を掛けていたに違いない。
だったら何故ホルオスが宰相になった時点でそれを止めた?
「ん~。ミキ? 頭を撫でて欲しいです」
催促されたので頭を撫でてやる。
それだけで嬉しそうに身を震わせるレシアに、ミキは尻にも手を伸ばして撫でてやる。
「そっちはっ! ……優しくなら」
そう言われると触る気が失せる。
尻から手を放して背中に触れる。
「ん」
「どうかしましたか?」
「ここに肉が」
「ぬおっ……そんな言葉にもう屈しません!」
屈する必要はない。ただ少し気にかけてくれれば良い。
ただミキは彼女を撫でながら、今生じた何かが気になった。
(何だ?)
自分の行動を思い出す。
頭を撫でて欲しいと言われて頭を撫でた。
尻に手を伸ばして反応が違ったから触る気が失せた。
触る気が失せたのだ。
(まさか?)
もし今自分が考えていることが正しいとすれば、完全にしてやられたことになる。
だがミキとて戦術や戦略を学んだ身だ。それがどれ程恐ろしい思考か理解出来る。
理解した上で否定したくなったのだ。
もし正しければ、あの老人は14年前から準備をし待っていたことになる。
(俺が来ることを信じて賭けていたのか?)
そう考えなければ辻褄が合わない。いや違う。
もし自分が今日の様な行動を起こさなかったら?
「ミキ? ちょっと……イタタタですって」
「済まん」
「……どうかしたんですか?」
ウリウリと頭を押し付けて来る彼女が心配そうな声を発する。
「もしかしたら俺はとんでもない相手と、化かし合いをしようとしたのかも知れん」
「ばかしあい?」
「ああ。あの爺……こっちの手の内をどう把握したのかは知らんが、完全に握っていやがった。騙されたと言えばそれまでだがな」
「騙されたんですか?」
レシアとしては彼の言葉がピンと来ない。
その言動と胸ばかり見て来る視線があれだが……レシアの目から見てあの老人がそんな人を騙す様な人物には見えなかった。
「たぶんだが本人も自覚していない天才的な嘘吐きなんだろう。それか本当の意味での天才だ」
「ミキよりもですか?」
「ああ。もしこれを考えて実行しているなら俺なんかじゃ足元にも及ばない」
「にゃっ!」
彼女を抱きしめたまま身を起こしベッドの上に座る。
ミキは深いため息を吐いて窓の外に目を向けた。
慌ただしく松明が揺れ動いている様子が見える。気絶した宰相が指示を出したのだろう。
「あの爺さんは……俺をガンリューに仕立て上げる気だ」
「ほえ?」
「でも分からない。ならどうしてあの爺さんは……」
最後の謎が未だ解けない。
ミキは視線を腕の中に居る彼女に向けて、気晴らしい胸を揉んでみた。
「ミミミミキッ!」
「そこまで育つと揉んでみたくなるものだな」
「もう……少しだけなら」
「承諾されると揉む気が失せるな」
「何なんですかっ! もう!」
プンスカ怒った相手を彼は抱き締め横になった。
(C) 甲斐八雲




