其の拾肆
「頼む! タハイ。どうか力を貸してくれっ!」
「……」
深々と頭を下げる相手に、顎下の無精ひげを擦りながらタハイは顔をしかめた。
「ザジーリーよ。お前の所の道具は何度か見させて貰った。だからはっきりと言うが……あの道具では俺の色は出せん」
「そう言わずにどうか頼む! もうお前に頼るしかないんだ!」
「……」
増々渋い表情を見せて彼はほとほと困り果てた。
どう言うべきなのか……悩みに悩んで言葉を選ばないこととする。
「お前とは古くからの付き合いだ。だからはっきり言う。俺が手を貸してもお前の所の道具じゃ色は出ん。それに布も満足いく物は作れない。悪いことは言わん。前のやり方に戻せ。職人の数は居るんだから出来るだろう?」
「……重ねて頼む!」
「どれだけ頭を下げられても無理な物は無理だ。お前の所の者が相談に来るたびに色々と知恵を絞って来たが……あれで無理なら今は無理だ」
「お前が直接やれば!」
「それこそ無理だ。俺はあの道具を全く知らん。慣れるまでに数年……それに自分の方も面倒を見ないとならんしな」
「ならお前の所の職人も全てうちで雇う。それなら問題無いだろう?」
必死に縋り付いて来るザジーリーには、この村の状況が見えていないのか?
タハイは虚しさを覚えながら、頭を下げる相手を見つめる。
「問題だらけだ。俺の所に居るのは、大半がお前のあの道具を使うことを嫌って来た者ばかりだ。お前の所で働くなどあり得ないんだよ」
「……」
「悪いことは言わん。前の方法に戻して数より質の良い物を作れ。そうすれば客も戻る」
上り調子だった彼の商いが最近陰っている。
良質では無い物を値を下げて売った来たせいで、質を求める商人たちに見限られたのだ。
そして質を求める彼らは、タハイの所へ集まり商売の話を持ち掛けて来る。
作ることの方に情熱を覚えるタハイは、はっきり言て商売など良く分からない。だからザジーリーの店に卸して売って貰っていたのだ。
「……戻せんのだ」
絞り出すように苦しい声を発する商人は、最近肥えていた体が少し小さくなったようにすら見える。
痩せたというよりもやつれた感じだ。
「どうしてだ?」
「あの道具を揃えるのに借金に借金を重ねた。それらの支払いが儂の首を絞めるのだ。本当に苦しいんだ。頼むタハイ!」
「……」
大きな商売を求めた結果……ザジーリーは、自分の支払い能力をはるかに超えた資金を借りてしまった。
苦しくて苦しくてたまらない状況なのだ。それこそ夜もおちおち眠れないほどに。
「この村は困った者を助け合って生きて来ただろう? 儂も同じ村の者だ。どうか助けてくれ!」
「俺一人なら好きに動いて手助けしてやれる。でも俺にだって家族は居る。雇っている者たちも居る。それらを放って好き勝手は出来ない。本当に支援してやりたいが……うちも決して裕福じゃないんでな」
「見捨てるのか! 同じ村の者だろう!」
「助けてやりたいが……お前が勝手にやって作った借金だ。天災などで作った訳じゃない」
商人の作った借金の理由を知り、どれだけの村人が手を貸すだろうか?
正直……ほとんど居ないだろうと彼は答えを出していた。
「済まんなザジーリー」
「頼むタハイ! どうか! どうか!」
「本当に済まんな」
食いついて剥がれない相手に彼はほとほと困り果てる。
「親方。ちょっと来てください」
「……ああ。分かった。本当に済まんな」
呼ばれた声に救われた様子でタハイはその場から逃げ出す。
一人残されザジーリーは、力無く地面に両膝を降ろした。
「どうかした……お前か」
「ああ悪いな。用も無いのに」
立木に背を預けている青年を見て、タハイは困った様子で頭を掻いた。
あまり聞かれたくはない話だったのだ。
「済まんが今の話は、その……なんだ」
「俺はここで自由気ままな連れを探していただけだ。話も何も聞いてないよ」
「済まんな。助かる」
破産寸前の商人の噂など広めたくはない。
少なくともザジーリーは同じ村の住人だからだ。
「……救いようは無いだろう?」
「分かっている。でも……この村では困った時は助け合うのが昔からのあれでな」
「好き勝手をして欲に目が眩んだとしても?」
「分かっている。たぶん他の者たちも同じことを言うだろう。でも俺はそれでもどうにかしてやりたいと思っちまうんだよ」
「そうか」
背を預けていた木から離れ、ミキは彼に目を向けた。
「嫌いじゃ無いが気を付けろ」
「……どう言う意味だ?」
「人は好意を悪意に感じる時がある。追い詰められた人間ほど余計にな」
「分かった。気を付けるよ」
若者の的確な忠告に、ベテランの職人も素直に頷き返すしかなかった。
「何処へ行く?」
「ちょっとな」
「そっちは何も無いが?」
「ああ。でも気になるんでな」
タハイの言葉が正しいのなら、何も無いはずの方に向かった人物が数人居ることになる。
この後のレシアの働きで全ての帳尻くらい合いそうではあるが……ミキとて泊めて貰った恩は感じている。
悪さを企む者が居るのであれば脅して遠ざけるくらいの番犬役ぐらいは勤めても構わない。
足の動きを速めて人の気配を探り彼は駆け続けた。
(C) 甲斐八雲




