其の陸
「分かってるんですけどね。私みたいなのが作った作品なんてきっとダメなのは……」
引っ掻き回し服が散乱している室内を全員で手分けして掃除する。
部屋の主であるホシュミはその手を止めて言葉を続けた。
「毎年毎年自信作を出してはずっと酷い点数で……才能なんて無いって分かってるんです」
ホシュミはもう何年と自分の作品を祭りの一般参加に応募し続けて来た。
来場した客が選び投票し、その得票数で優秀作品が選ばれるちょっとした催しだ。
「でも好きなことだから続けたいし、それに作る以上は去年よりも良い物をって……でも結果は全然で。今年結婚するからそれを機に辞めようって決めたんです」
「服を作るのをか?」
「そっちはします。応募の方をです」
「そうか」
レシアが拾い集めて来た服を片っ端から畳んで行くミキもその手を止めた。
興味が湧いた……そうとしか言えない心境だ。
「でも姉ちゃんの作品がどれも悪い訳じゃ無いんだ。ザジーリーが出す作品にみんな投票するから」
「タイン。それを言ったらダメよ」
「でもあそこは周りに自分の所に票を入れる様にしてるって」
「それが事実だとしても……人の心はそこまで意地汚く無いって私は信じているの。本当に素晴らしい作品なら誰もが迷わず投票するはずよ」
「……」
言い負かされたと言うより納得のいかない様子のタインは、口をへの字に曲げて不満げに作業に戻った。
「そんなことをしているのか。あの店は?」
「あくまで噂よ」
"噂"の部分を強く言って来るからには何かしら訳があるはずだ。
いや……考えるまでも無かった。
彼女らの家は糸と布を作っている。それをどこに納めているのか?
この村で大きく商いをしているのはあの店一つだけだった。
「どこも勝ち過ぎるとそういう噂が立ち始める物だな?」
「ええ。ザジーリーさんの所もその噂を打ち消すので大変らしいわ」
『分かってくれてありがとう』とホシュミの顔に書かれている様だった。
ただミキとしては彼女の言葉に思う部分もあった。
「レシア?」
「は~い」
「下着見えてるぞ」
「にょ~っ! 短すぎるんですっ!」
「そうか? 綺麗な足が健康的に見えて良いと思うぞ?」
「……本当ですか?」
「ああ。真っ赤だけどな」
「にょ~っ!」
騒がしく七転八倒する彼女を放置して、彼はその目をホシュミに向ける。
「どうやらレシアもやる気らしい。お前の最後の服とやらを……俺たちに見せてくれないか?」
「出てくれるんですか? 私としたら是非お願いしたいですが?」
「出る方向で考えてくれ」
「はいっ!」
俄然やる気になったホシュミが早速何かを探しに歩いて行った。
ゴロゴロと床を転がって来た馬鹿を、ミキはその頭を押さえつけて止めた。
「にょ~ってミキ? 出るんですか?」
「ああ。ちょっと出ろ」
「……え~っ」
レシアが露骨に嫌そうな表情を見せるのは珍しい。
「嫌か?」
「ただ服を着て見世物になるのは……」
「タイン。その催しって具体的に何をするんだ?」
「はい。舞台に上がって来客者に服を見せます。ただ目立つ為なら何をしても良いって感じで、歌ったり踊ったり人それぞれです」
"踊り"の言葉にレシアがピクッと反応した。
「踊っても良いんですか?」
「あっはい」
「決まりだろ?」
「決まりです」
沢山の人の前で踊っても良い。
その言葉でレシアのやる気は取り返しのつかない状態まで高まった。
「やりますよ。最近は護衛の人ばっかりだったから、普通の人の反応を見たかったんです。何でしょうミキ? 今なら物凄く良い踊りが出来そうです。そんな気がします」
フラフラとリズムを刻む様にレシアの足が動き出す。
ただその手に大量の服を抱いているが……それですら踊りの小道具に見えてしまう。
生まれ持った雰囲気が違うのだ。
"天才"
その言葉がもっとも似合うのが本来の彼女だ。
「あ~。もう今から楽しみです」
「気が早いぞ」
「そうですね。でもまず腕と足とか治さないとですね」
「そうだな」
軽い足の動きでリズムを刻みレシアは床に散らばる服を拾って来る。
「ところでミキ? どうしてこの話を受けたんですか?」
「それは後で説明してやるよ。それよりも……だ」
「はい?」
「さあさあっ! 確りと測って完璧な服を作るわよっ!」
「はい?」
片手に木の板と細い木炭。もう片手には何やら等間隔で結ばれた紐。
測定の道具を完璧に整えて来たホシュミの様子に……レシアは何故か身の危険を感じた。
「さあ服を脱いで」
「……にゃ~ん」
「待って。逃げるなっ! これは大切な作業なのっ!」
「いや~」
全力で逃げ出すレシアを追うホシュミ。
グルグルと部屋の中を駆けて回る恋人の足に、服を投げ込み転ばせたのはミキだった。
「さっさと測って貰え」
「ミキの裏切り者~!」
へっへっへ……と笑い詰め寄るホシュミに涙目なレシアは、抵抗空しく全裸に剥かれると全てを測られた。
気を利かせて一足先に部屋を去ったタインが居なくなったおかげで、ミキは一人で服を拾って畳む羽目になった。
「うわっ……腰とか細い」
「いや~ん」
ただ嫌がっている割にはどこかの馬鹿は、"細い"とか"大きい"とか言われることが嬉しそうに見えた。
(C) 甲斐八雲




