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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
北部編 壱章『圧倒的な存在』
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其の陸

「さあミキ。そこで横になって下さい」

「……」

「良く効くって言うお薬を貰ったんです。これを塗ると打ち身とか直ぐに治るって……だからほら、横になって背中を見せて下さい」

「……」


 グイグイと腕を引かれるのも正直肩が痛いから、ミキは逆らわず彼女の手を借りて上着を脱ぐと横になった。

 その手に何やら怪しげな液体をすくい取った彼女は、らしくないほど硬い笑みを浮かべて塗りだす。


「ところでそれは何だ?」

「馬の油とか聞きました」

「馬油か。それなら確かに効くな」


 優しく背中で手を動かして塗り広げる彼女の様子に、ミキはとりあえず黙っていた。

 だがしばらくすると、ゆっくり動くその手が微かに震え動きを止めた。


 限界が来たかと理解して、ミキはそっと起き上がった。


「っ!」

「……馬鹿。折角塗ったのに。それと服が汚れるだろ?」

「ぐすっ……嫌です。ミキと別れるのは嫌です。一緒が良いです。私はミキとずっと一緒に居たいんですっ!」

「なら居れば良い。お前が別れたいと言うなら話は変わるが?」

「そんな言葉は言いませんっ! そんな気持ちにすらなりませんっ! 私はミキとずっとずっと一緒に居たいんです」


 ヒシっと抱き付いて来る彼女は、泣き声を上げて自分の正直な気持ちを口にしていた。

 その言葉がどれ程、彼を嬉しくて愛おしい気持ちにさせるのかなど解らずにだ。


「だから一緒に居れば良い」

「でも……あのお婆さんがミキの頭を潰すって」

「言ってたな」

「ミキが死ぬのは嫌ですっ! 死ぬなら一緒ですっ!」

「……ごめん。俺その言葉はあまり好きじゃないんだ」

「へっ?」


 驚いた拍子に彼女の腕が離れ、拘束を無くした彼は向き合う様に座り直す。

 ボロボロと泣くレシアは、困り果てた様子を見せていた。


「もし俺が死んでもお前は生きろ。死ぬまで生きろ。良いな」

「でも……」

「仮に子供が居たらお前はその子を置いて一緒に死ぬのか?」

「……」

「良いんだ。お前は生きてそして死ねば良い」


 ギュッと胸が締め付けられる様な感覚に襲われ、レシアは自分の胸に手を当てた。


 苦しかった。息が出来なくなるほど苦しかった。

 でも……それ以上に苦しかったのは、自分が子供なのだと知らされたことだった。


 子供が欲しいといつも言っていて、でも今はそのことを完全に忘れていた。

 もし本当に自分のお腹に子供が宿っていたら?


 胸を押さえて体を少しずつ前に倒すレシアを彼はそっと支えた。


「いきなり過ぎて難しかったか?」

「いいえ。私の方が何も考えていませんでした」

「まあお前は普段から何も考えて無いしな」

「……そうですね」


 意気消沈している彼女は傍から見ても重たい空気を背負っていた。

 あの大トカゲや老婆など……不意に訪れた出来事が強すぎたのかもしれない。


 ミキはそっと彼女を抱き寄せて、その頭を軽く撫で続ける。

 相手の気持ちが落ち着くまで、せめてその涙が止まるまで待った。


「もう大丈夫か?」

「はい」

「本当に?」

「はい」

「なら……」


 抱きしめている彼女を離し、ミキは普段通りの表情でレシアの頬を抓んだ。

 強めに左右へと引っ張ると、改めて彼女の目から涙が溢れた。


「ミィフィ! あにほふふんれふら!」

「お前……何気に俺があのババアと次に会ったら殺されるのを前提に話してたよな?」

「なぁ~ん」

「ふざけるなよ? 一度負けたからって次も負けるほど俺は落ちぶれてない。次はあのババアの余裕綽々な顔から血の気が無くなるほど追い詰めて勝ってやる。分かったか?」

「ふぁひ」

「宜しい」


 最後に両方の頬を抓んでいる手を下に引っ張ってから放す。

 解放され、にゃ~んと鳴いたレシアは……頬を手で押さえながらミキを睨んだ。


「酷いです。痛いです!」

「お前が負けるを前提に話すからだ」

「だってあのお婆さんは私の目でも追えませんでしたしっ!」

「目で追えなくても勝つ方法はある。心配するな」

「……本当ですか?」

「心配するな」

「……どうやって勝つんですか?」

「一族の秘密だ」

「ミキ!」


 相手の回りに居座る"嘘"の空気を確認して、レシアは仕返しとばかりに相手に跳びかかった。


 ポカポカと握った手で彼の胸を打ち、止まっていた涙がこぼれ出す。

 打てば打つほどに自分の胸が苦しくなって辛いんだ。


「叩く方が泣くなよ」

「でも」

「心配するな。今はまだ無理でも旅をしている間に見つけるさ」

「見つける?」

「そう。勝つ方法をな」


 力強いその言葉にレシアは手を止める。

 ポテッと彼の胸に自分の頭を預け、ただひたすらに甘えた。


 しばらくするとレシアは、横たわっている彼の腹を跨ぐようにして座った。


「ミキ」

「ん?」

「私……これから少しは頑張って成長します。今よりももっと頑張って、もっと凄いシャーマンになります」

「それで?」

「だからミキも私に負けないぐらい頑張ってください」


 真剣な目がジッと彼を見る。


「私たちはお互いにそれぞれの頂点の向こう側に挑むんですよね?」

「ああ」

「なら私はミキよりも先に向こう側に挑みます。絶対に負けません」

「はっ……あははっ」


 相手の言葉に彼は身を捩って笑い出す。


 これが笑わずに居られるか?


「冗談はお前の頭の悪さだけにしておけ? 俺がお前に後れを取るだと?」

「はい。私が先を行きます」

「先を行くじゃないだろ? 少なくとも今は俺の方が先を歩いてる」


 そう言い返すと、キッと彼女はきつい視線を向けて来た。


「なら追い抜いて離します」

「追いつけるのか?」

「追いつきます」

「なら全力で逃げるからな?」

「望む所です」


 本気になった天才がどれ程恐ろしい存在かをミキは知っている。

 だがそれでも少なからず彼とて意地はある。


「掛かって来いよレシア。俺は負けないぞ?」




(C) 甲斐八雲

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