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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
北部編 壱章『圧倒的な存在』
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其の伍

「ミキ? 大丈夫ですか? 痛いんですか?」

「お前が重いから立てないだけだ」

「にゃ~」


 立ち上がることで悲鳴を上げた全身に、追い打ちをかけて抱き付いて来たレシア。

 流石のミキも本気で拳骨を繰り出しそうになりながらも、必死にこらえてとりあえず抱き付いている彼女を引き剥がすことに成功した。


『大丈夫。重くない。たぶん重くない』と自分に言い聞かせるレシアをよそに、地面に転がる刀を手にして老婆が向かった方へと足を進める。


 元気に毒づく老婆の声と、謝り倒す商人の声で粗方話が纏まったのだと理解した。

 説明を受けた限りでは、どう考えてもこちらの隊商の方が悪い。それを武力や暴力で黙らせてしまうのにも色々と問題がある。相手が一人だと限らないのだから。


 商人が手渡した小袋を覗き込んだ老婆が奇声を上げ笑うと、クルッと話していた相手に背を向けミキと向き合う。


「懲りない小僧だね? そんなに儂と遊びたいのか?」

「体がボロボロで一振りが限界だけどな」

「けっけっけっ……なら儂がそれを避けたら少し話に付き合いな。そうさね……"白の意味"とか少しは知りたくないかね?」


 自然と腰を下ろして左手で鞘を掴んだミキは、自分の間合いを確認した。

 鞘の中で刃を走らせて振り抜けば、自分自身が最も得意としている"抜き"の形で老婆を斬れる。

 だから迷うことなく彼は刀を抜こうとして、


「っく」

「斬れると思ったか? だからまだまだ青いと言うのさね」


 右足の膝が地面に触れる。

 老婆の足の裏が彼の膝を内側から打ち、踏み込む力を失わせたのだ。


 体勢を崩した彼は刀を抜くことすら出来なかった。


「くっくっくっ……強い者に挑むことは悪かないさね。でもどうしてお前たち"モノノフ"たちは考え無しに挑むのか分からんよ」

「……」

「負けを認めな小僧。さもないとあの娘を攫って消えるよ」

「……分かった」


 自分の負けを認め刀から右手を離した。


「まったく……ガンリューといい小僧といい、あの阿呆に係わる者は皆阿呆さね」


 老婆は鼻を鳴らしてスタスタと歩き出す。


 そこには心配そうにこちらをチラチラ見ながら、自分の腹に手を当てて青くなっているレシアが居た。

 確実に脂肪を感じたのだ。


「一番の阿呆はお前さねっ!」


 老婆の拳骨が少女の脳天に落ちた。




「儂は話をくどくどとするのが嫌いさね。だから一度だけ言うから良くお聞き」


 隊商から離れた場所で、老婆はミキとレシアを正座させ……自分は二人の前で胡坐をかいて座って居た。

 その布から出て来た手足は間違いなく枯れた古木の様な年寄りの物だ。


「あれは『シャーマンの聖地へ至る道を護っている』と古来より言われておる」

「でもあれは」

「口を開くんじゃないよ。お前みたいな阿呆な娘は空気も吸うんじゃないよ」


 ビシャッと老婆に鋭く叱られたレシアは、ビクッと驚き呼吸を止めた。


「だがあれはそんな物を守護などしとらん。あれはどう言えば良いのかね……聖地にある、とある物から離れられない憐れな飼い犬なのさ」

「飼い犬?」

「けっけっけっ……お前たちを見てただ軽く遊んだだけでこの有様を作るあれは、ただの飼い犬さね。つまりはあれの主人はそれ以上と云う事さね」


 ケタケタ笑う老婆の様子にミキはまた開きかけた口を閉じた。

 隣に座り顔を真っ赤にしている少女の様な目には遭いたくなかった。


「白を身に付ける者は、あれの主人といずれ合わなければならない。どこぞの西の阿呆な国が阿呆なことをしようとしておるからね。そして今この大陸に居る白は一人だけさね」

「レシアだけ?」

「ほう……レシアと名付けたのかい。阿呆な親だね」


 またまたケタケタ笑う老婆は、予備動作も無くスッと立ち上がった。

 地面に手を付けることなく足の動きだけで立ち上がったのだ。


「その阿呆があれと出会うにはまだ早すぎる。たぶん今日は力が弱くて気づかなかったんだろう……運が良かったと言えばそれまでさね」

「……もし今レシアとあれが正面から出会えば?」

「頭から齧られてお終いさね」


 バクッと噛みつく動作を見せて老婆は笑う。だからミキは確信した。


「それで貴女は出て来たんですね?」

「きっきっきっ……腕は全然だけど頭は悪かない様子だね。どんなに阿呆でも今死なれると困る者も居るってことさね」


 フッと老婆が視界から消え、ミキは背後から自分の頭を掴まれたのを感じた。

 細く長い指は……恐ろしいほどの怪力で彼の頭蓋を締め上げる。


「こっこっこっ……役に立たないならこの頭を握り潰すさね」

「青い小僧を脅してどうする?」

「くっくっくっ……使えん小僧ならこのまま潰すさね。で、お前はどっちさね?」

「さあな。ならお前が決めろ」

「これだからモノノフどもはたちが悪い。潔過ぎてからかえん」

「小便でも垂らしながら泣きながら命乞いでもすれば良いのか?」

「かっかっかっ……そんなことをすれば、この頭蓋を握り潰してくれるさね」


 細い手がミキから離れる。

 そして老婆は自分の足に纏わりつくレシアの腕からスルリと抜け出した。


「まだ見込みがあるから今回だけは見逃すさね。でも次に会う時もまだ小僧だったらその頭を握り潰すさね」

「なら会わないように死ぬまで逃げるさ」

「けっけっけっ……それは無理さね。その阿呆が"白"である限り、必ずお前たちは儂の元に来る。だから胸に刻むと良い。その阿呆は『世界を救うために生かされているのだ』とね」


 ケタケタと笑いながら老婆は、また影の中へと消える様にして姿を消した。


 怯えた様に体をすり寄せて来たレシアと、それを受け止めたミキは……遠くに見える影に気づく。

 ボロボロの布切れを纏った犬の様な生き物は、二人に対して牙を剥いて嗤うと草原の中へと消えた。


「犬ですか?」

「あれは狼だろ」

「……違いが分かりません」

「……深く考えるな」




(C) 甲斐八雲

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