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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 漆章『過去を知る者』

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其の参拾

「若。これは?」

「銭だな」

「言われなくても。どうしてこれを自分にと」

「それで使える武器を買っておけ」

「ですがっ!」

「貧乏生活を送っているお前が、何を言おうがどうせろくな物は買えんだろう? だったらそれで良い物を買って何かあったらいの一番に俺の元へ来い」


 手渡された銭を硬く握り、クベーは相手の顔を見た。


「何かあったら、本当に呼んで下さるのですね?」

「ああ。その時は命を投げ出す覚悟で働いて貰う……嫌ならその銭を持って逃げろ」


 どこか人を馬鹿にしたような物の言い方に、クベーは流石にカチンと来た。


「この宮田が敵に臆して逃げ出すと?」

「家族に事実を知られるのを嫌って逃げ出していたからな。少しは疑うだろう?」

「……」


 妻が全てを伝えたのがハッキリと分かった。それだけに何も言い返せない。

 自分の腕を過信し、調子に乗って暴れ続けた結果が子供二人の命を失い、妻も重傷を負ったのだ。


 その現実から目を背けたくなって……何より純粋な目で自分を見るヒナに耐えられなくなった。

 酒に逃げたが全く酔えず、酔った振りをして毎日の日々を自堕落に過ごした。


「武器を買って少しは腕を磨いておけ。俺はお前の腕を買って、あの日介錯を任せたんだ」

「はい」

「それと少しは働け。少なくともヒナの誤解を解く努力はしろ」

「……はい」

「あとは」

「小言がお増えになりましたな?」

「……」


 痛い返しが来たのでミキは口を噤んだ。

 日々レシアの相手をしていたら、確かに小言が増えたかもしれない。


「まあ良い。それよりも本当に"長剣使い"は居たんだな?」

「はい。西部で名を馳せて北部から東部へ渡ったと」

「そうか」


 折角仕入れた情報だったが、これから東部を出るミキには不要の長物だ。

『まあ縁が無かったと思って諦めるしかない』と思っていると、家臣だった男が不思議そうに彼を見ていた。


「何だ?」

「いえ。そんなに知りたければ直接訪ねたらと思いまして」

「……何のことだ?」


 若き主……介錯を務めた時よりも若い相手の言葉に、クベーはようやく合点がいった。


「知らないのですか? 若がお連れしているあの娘が簡単に"秘剣・つばめ返し"を放って見せましたぞ」

「レシアが?」

「はい。何でも育ての親がそれで飛ぶ鳥を落としていたと」


 言われてミキは考える。


 彼女の育ての親は年老いた男性だ。確か西から来て……。

 今まで集めて来た彼女の育ての親の話を総括すると、自ずと答えに行きついた。


「俺は今まで"彼"を一番詳しく知る者を連れて、ずっと"彼"を探していたと言うのか」

「はぁ……」

「馬鹿な話だな全く。本当に……馬鹿過ぎてレシアのことを笑えんよ」


 クククとおかしそうに笑う彼を見てクベーは確信した。

 あの頃の追い詰められた様子とは違い、伸び伸びと生きていることをだ。




「別れは済んだか?」

「は~い。ミキは?」

「俺の方は、これ以上この街に居たくない」

「も~」


 何かあれば商人たちが口説きに来る生活を心底嫌になっていたミキとしては、さっさと馬車に動いて欲しくて仕方なかった。

 そんな様子をありありと見せる彼に、レシアは頬を膨らませて怒る。


「あれです。ミキはもう少し別れを惜しむ気持ちをですね」

「惜しむなら相手を選ぶさ」

「……一番惜しんでいた相手が、"ロバ"と知られたら怒られますよ?」

「実に悲しい別れだったな」


 言って自分たちの荷物を馬車の上に乗せる。

 ロバの同行が許されなかったので、あのロバはクベーの家族に預けることとなった。


 一家の大黒柱である彼が真面目に働き出したこともあり、労働力としてロバの存在は有り難いらしい。

 レシアは別れを悲しんでいたが、ロバの方は彼女から解放されることを喜んでいるのか……さっさと家族の元へ歩いて行ってしまった。


 まあそれがあのロバなりの別れなのだろうと、ミキは何となく納得して送り出した。


「連れて行ければ良かったんだがな」

「ロバは足が遅いですからね。それに仔馬と思われて一番最初に狙われます」

「そうだな。まああの家族なら悪い様には扱わんだろうし」


 馬車の荷台に上がったミキは、動き出すのを待ちながら空を見る。

 レシアはいそいそと別れ際にヒナから受け取った包みを開けていた。


「ミキ?」

「ん」

「栗です」

「……焼き栗だな」

「美味しいんですか?」

「美味いぞ。でも」

「しぶぶ」

「だからいきなり頬張るな」


 皮を剥くことを覚えたが、渋皮を向かないレシアは渋さに目を回す。

 クスッと笑い受け取った栗をナイフで綺麗に皮を剥く。


「うわ~」

「ほら」

「いただきます」


 嬉しそうに食べる相手の頭を撫でて、彼は街の方へと目を向ける。


 食堂の二階からこちらに向かい手を振っているのはクベー親子だ。

 父親と長女の仲違いの解消にはしばらく時間がかかりそうだが、それでも親子なのだからどうにかなるだろう。


「努力するのは良いことだしな」

「何がですか?」

「こっちの話だ」


 と、彼は荷台に乗せておいた長い棒を拾い手にする。


「レシア」

「はい?」

「この棒で飛んでる鳥は落とせるか?」

「何なんですか? 皆して小鳥を棒で落せって……地面に立ってればたぶん出来ますよ。その場に鳥がいればですけど」

「そうか。なら後で見せてくれよ」

「は~い」


 栗の皮を剥いて投げて与えると、彼女は嬉しそうに頬張る。


「それとお前を育てた人の名前って覚えてるか?」

「お爺さんの名前ですか? 確か村の人たちは、がががががぁ? あれ? えっと……」

「がんりゅう」

「そうそう。ガンリューです。……って何でミキが知ってるんですか?」

「適当に言ったら当たっただけだ」

「凄いですっ!」


 無駄に喜ぶ彼女を見て軽く笑うとミキは荷台に転がった。

 と、まるで定位置だと言わんばかりにレシアが横に来て寝っ転がる。


「頭の鳥を枕にしてないか?」

「意外とこんな時ばかりは逃げるんですよね」

「まあ良い……空が高くて青いな」

「ですね」


 身を起こしたレシアは、チュッと彼にキスしてまた横になった。

 やれやれと肩を竦め……ミキは馬車が動き出すまで静かに待ち続けた。




(C) 甲斐八雲

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