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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 壱章『夢か現か幻か』

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其の拾漆

「本日お集りの皆様方に、まずお礼を申し上げます」


 試合の途中……団長であるシュバルは、観客席に向かい声を張り上げた。


『今自分は、一世一代の舞台に立っている』


 そう思うと自然と足が震えるが、それでも心は晴れ晴れとしてる。

 部下たちの報告を聞く限り、今日の売り上げだけでここ数年分を賄えそうな勢いだからだ。


「試合の途中ではありますが、この団長シュバルより皆様方にどうしても話したいことがあり、この舞台の上に立ったのであります。

 実は本日の最終戦……ご存知の方も多いと思いますが、我が一団でも一番(・・)の人気者であり豪快な戦いをするイルドが、一人の女を巡り奴隷と戦うのであります!」


 知っている者が大半の観客席がどっと沸く。『早くしろ。早くしろ』と大合唱だ。

 その声の圧に押し潰されそうになりながら……シュバルは恐怖から小便を少し溢しつつ、それでも踏ん張って声を張り上げる。


「皆様の望みはただ一つ! イルドの勝利と、彼がどのように相手を殺すのかと云った部分でしょう!」


 今度は『その通りだ』と声が響く。

 これほどまでに、人が人を殺す場面を待ち望む状況も珍しい。だがそれを楽しみに来ているのだから仕方ない。舞台に近い有料席の客などは大半がそれだ。


「だがイルドに挑む奴隷も決して弱くない。引退した名戦士ガイルが、我が子の様に育てた男。そんな者が本日イルドに挑むのはただ殺されるためでは無く、彼に一矢報いる為だと公言している」


 戦士の待機所でシュバルの声を聴いていたガイルが烈火のごとく怒りだし、飛び出しそうな勢いなのをミキとマデイが二人がかりで制した。

『誰の息子だと? ミキは先代が拾った子供だろう』と、怒りが冷めやまない彼の口は止まらない。


 自分も策略を巡らした身だからシュバルのことを悪くは言えないが……団長のこの行動の裏に、クックマンのしたり顔を見た気がする。きっと彼がシュバルに提案して、場がもっと盛り上がる様に仕向けたのだろう。大金がより一層動きやすい環境を作り出す為にだ。


 美女を奪い合う構図など、自慢話にするには持って来いの題材だ。

 特に自慢を生き甲斐にしている貴族たちには目の無い話だ。


 大金が生まれると聞けばシュバルも迷わず商人の言を聞き入れる。

 場が盛り上がると聞けばレシアの買い取りも喜んで応じることだろう。自分たちが買い取るはずの何倍のほどの値段であってもだ。


「よって本日の勝者には……このシュバルよりこの一件を生じた原因とも言える美女を進呈する。さあこれを聞いているイルドにミキよ! この場で存分に殺し合うが良い! そして観客の皆様に申し上げます。ただいまより最終戦の賭け札売り場を増設いたしますので、まだ買われていない方もどうぞ一考のほどを!」


 人の声が弾けたのかと思うほどに、観客たちが沸き立つ。

 正直あまりの五月蠅さに……ミキたちは両手で耳を塞いで早く静かになるのを願った。


「これもお前の計画の一つか?」

「まさか? クックマンが画策したんでしょうね。シュバルにこの話を持ち掛けて、レシアを高額で売りつける。でも今日の売り上げからすれば、それぐらいの投資なんて微々たるもの。今の話で発券所にまた客が殺到しているだろうから、シュバルも十分に潤っているさ」


 呆れた様子でミキは、まるで全てを知っているかのように説明する。

 ちょっと頭を使えば、誰でも想像できる話だ。だがガイルもマデイもそんなミキを感心した様子で見つめていた。


 今日の主役の一角を担っている彼は、椅子に座りジッと待っていた。

 出番の時間は刻々と近づいている。だが肝心の武器がまだ届かない。

 最悪の事態を想定して、ガイルが両刃の直剣を準備してきたが……軽く振っただけで自分には向いていない武器だと理解出来た。


 マデイが何度か様子を見に行こうかと提案してきたが、周りが焦って騒いでも仕方ない。

 ハッサンが間に合わせると信じて待つ他ない。そう。待つ他……と二人の視線がこちらを、自分の隣見て唖然としているのに気付いた。


 また湧いて出たかと思い横を見れば居た。

 本日の賞品が綺麗に着飾って隣にだ。


「また逃げて来たのか?」

「違います。待っているのが退屈だったから、外の空気を吸いに出たんです」

「それを"逃げ出す"と言うんだよ」


 シャーマンの術と言うのか、彼女は人の意識の外側を歩くことが出来る。

 それを自然とやってのけるので、レシアは夜な夜な好き勝手に歩いて回っている。ただ逃げ出していることが気づかれる前に戻っているから、問題になっていないだけだ。


 今日の相手は、薄く化粧までされてドレスの様な服を身に付けている。

 何故か首や手首には、拘束に使う黒革のベルトが巻かれていた。


「その首と手首……鎖はどうした?」

「鎖はお披露目の時にすると言ってました。今されたら、お手洗いにすら行けなくなります」

「まあ確かにな」


 そっと手を伸ばし相手の頭を撫でてやる。

 どこか嬉しそうに目を弓にして、彼女はその行為を受け入れた。


「ほら賞品。騒ぎになる前に戻れよ」

「分かりました。次に会うのは試合の後ですね」


 フワッと立ち上がり彼女は歩いて行く。

 離れて行く後ろ姿を見ていたはずなのに……彼女が数歩足を動かす間にその姿を見失ってしまった。


「あれがシャーマンか?」

「ああ」

「暗殺を商売にしたら恐ろしい存在だな」

「俺もそう思ったから聞いた。何でも人を殺そうとすると穢れてしまう。穢れれば自然は力を分け与えてくれなくなる。そうしたらあれは出来なくなるそうだ」

「そうあってくれて良かったな。そうでなければ恐ろしい存在だ」

「全くだ」


 少女を見送った視線の先……護衛や出番待ちの戦士などを『邪魔だ』と言わんばかりに押し退けて、彼が姿を現した。

 存在感が全くない少女の後に、存在感全開の鍛冶場長の登場だった。




(C) 甲斐八雲

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