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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 漆章『過去を知る者』
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其の拾陸

「ん~」


 クルクルと軽く踊りながら、集落の中を進むレシアの姿を見れる者は誰も居ない。

 空気の中を移動する彼女の姿を捕らえられる者などまず居ない。


 シャーマンの御業……普段から彼女が鼻歌交じりで簡単に扱う業だが、普通なら何十年という修行の上にようやく辿り着く高みの極みなのだ。

 しかし彼女は物心ついた時からこれを普通に行って来た。


 本当の意味での天才。

 天がその才能を与えたと言うのなら、彼女以上に愛された者は居ない。


「居ませんね~」


 呟いた言葉に、玄関先で薄く切った芋っぽい物を干していた女性が辺りを見渡す。

 聞こえて来た声に……空耳だと判断してまた仕事へと戻る。


 一瞬干している芋に手を伸ばし掛けたレシアだが、他人の物を勝手に食べたと彼に知られればまた怒られると思い手を引っ込める。

 でもこの干した芋はなかなか美味しい。何でもヒナの父親が広げた保存法らしい。


 この貧しい開拓集落では何かの時に備え、住人たちは保存食作りなどに精を出す。

 そのおかげでこの集落ではどんなに貧しくても飢えて死ぬ者が出たりなどしない。


「ん~」


 フラフラと歩き回り人の気配を探っては移動し続ける。

 と、だいぶ離れた所に気配を見つけた。


 レシアはフラッと足を動かしそちらへ向かった。




 静かに息を吐いて彼は長い棒を上段に構える。


 聞いた噂では……彼の者は、"物干し竿"と呼ばれる長刀を振るっていたらしい。

 あの時代は徳川が天下を治め、剣に生きて来た者は仕える大名を求め奇抜なことをしていた。


 物干し竿もその延長で生まれた刀なのかもしれない。


 長い刀は重くて振ること自体が容易では無い。何より懐に飛び込まれれば一巻の終わりだ。

 武器としては適していない。そのはずだが……。


 裸足で地面に立つ彼は足の指で土を掴み踏ん張ると、長い棒を振るう。

 唯一物干し竿を武器として扱う方法は、腕や肩、そして背筋を鍛え上げて刀の重さに負けない体を作り上げれば良いだけのことだ。


 それに気づき、それからずっと彼は体を鍛え上げた。

 今ならきっと物干し竿ですら簡単に振るうことも出来る


 だが一つだけどうしても出来ないことがある。"秘剣・つばめ返し"だ。


 振り下ろした刀を返し敵を斬る業。

 その動きはまるで宙を舞うつばめの如く鮮やかであったと伝え聞く。


 しかし出来ない。

 重い刀を振り下ろし、途中でその動きを変えるなど……何度も出来る業では無い。


 彼は大きく息を吐いて棒切れを投げ捨てた。


 全身から滴り落ちる汗も拭わず、近くの切り株に乗せてある酒瓶に手を伸ばす。

 一息で全てを飲み干し、彼は無造作に切り株に座った。


 それが目に入り怪しむ。


 軽く手で目を擦りもう一度確認するが、確かにそれが浮いていた。

 投げ捨てた長い木の棒がフワフワと。


 酒に酔ったのかと考えるが『本当に底無しのザルだな』と言われ続けた過去がある。

 こっちに来てからも一度として酒に酔ったことは無い。


 浮かんでいる棒を握る人の腕がゆっくりと姿を現す。

 最初は手が、そして二の腕、肩と……姿を現す度に棒を握っている者が年端も行かない女性だと気付いた。


「重い……です」


 よいしょとばかりに棒を持ち上げて上段に構えたのは、間違いなく彼の娘が働く店で夜な夜な美しい舞を披露していることで有名になっている踊り子だった。

 彼も一度だけ見たが、その踊りは大層美しかった。


「力任せに振り下ろすから出来ないんです」

「なに?」

「お爺さんが言ってました。『これは振り下ろすのではなくて躍らせるのだ』って」


 歯を食いしばり全身をプルプルと震わせながら、その女性は上段に構えた棒を振り下ろす。

 その動きは速くは無いが最短最小の動きで上から下へと流れる。


 少女の膝と腰が動いた。


 斬り降ろしながら軽く曲げられた膝と沈む腰。

 貯められた下半身の力で反発する様にして木の棒が下から上へと舞い踊る。


「ふんにゃ~っ!」


 だがその業を使うには彼女の腕力では心もとなさ過ぎた。

 木の棒の重さに負けて体勢を崩した少女は、無様な悲鳴を上げて地面を転がった。


「……おいっ! 大丈夫か?」

「にゃ~。やっぱり見様見真似は無理でした」

「見真似だと?」


 駆け寄ってきた男性の手を借りて起き上がった少女……レシアは、服に付いた汚れを叩いて払う。

 その様子を見ていた彼は、ゆっくりと口を開いた。


「お前は見たことがあるのか?」

「はい?」

「つばめ返しだ」

「つばめ?」


 小首を傾げる彼女の様子に男はガックリと肩の力を抜いた。


 彼女は『見様見真似』と言っていたのだ。

 つまりそれは自分のを見てのことだと気付いたのだ。


『ん~』と唸り悩むレシアは、ハッと気づいてポンと手を叩いた。


「つばめが何かは知りませんが、お爺さんは良くこれで小鳥を叩き落してました。『畑に蒔いた種を喰われると困るんでな』とか言いながら」

「……鳥を?」

「はい。長い棒でバシバシと。村の人たちは『本当に助かる』と喜んでましたね」


 子供の頃の記憶だが、確かそんな感じだったとレシアは思い出すことが出来た。

 村人たちからは何かにつけて頼りにされていた人なのだ。


「私も聞きたいことがあるのですが……どうしていつも酔った振りをしているんですか?」


 今度はこっちの番だと言いたげに、レシアは目の前に居る男性に声を掛けた。

 ヒナの父親にだ。




(C) 甲斐八雲

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