其の参拾捌
「……私は悪いことをしました」
「ん?」
「分かっていたんです。カロンちゃんが長生き出来ないって……でもまた会おうって約束しました。次に会う時まで生きてて欲しいって我が儘を言いました」
「そうか」
ブルブルと全身を震わせたレシアは、すがる様に彼に腕を伸ばし全力で抱き付く。
「私は"嘘"を言いました。悪いことをしたんです」
「そうだな」
ポンポンとミキが彼女の頭を優しく叩いてやると、レシアはそれ以上何も言わず顔を彼の胸に押し付けた。
その小さい肩を大きく振るわせる様子に……ミキはただじっとして待つだけだ。
泣いたことで気持ちが落ち着いたのか、レシアは涙で濡れた顔を上げて一番大好きな人を見た。
「……怒らないんですか?」
「どうして?」
「だって……」
彷徨う視線が可愛らしく見える。
きっと彼女の中では叱られるほど悪いことをしたと思っているのだ。
それを理解出来るだけにミキはそっと笑うと相手を抱き寄せた。
「なあレシア」
「はい」
「お前はカロンに嘘を吐いた。なら正直に『一年も生きられるか分からない貴女と再会の約束は出来ません』と告げることは出来たか?」
「出来ません。そんなことを言ったら」
「ならそれで良いと思うぞ。俺はな」
「……」
「真実のみを告げるのは時にとても残酷なことだ。だから人は相手のことを想って言葉を選ぶ」
「でも私は嘘を言いました」
「そうだな。でもその嘘は……カロンが"嘘"だと気付いて受け入れた時点で罪にはならんだろう」
「……」
「カロンはお前の言葉が嘘だと気付いていた。自分の寿命が長くないと知っているからそんな約束をしたんだ」
彼の腕から抜け出したレシアは、頭突きでもしそうな勢いで顔を寄せる。
「どうしてですか?」
「……生きたいからだろうさ。一日でも長く生きたいからだ」
「?」
「お前との約束を守るために、きっとあの子はこれから日々頑張って生きて行く。『またお姉ちゃんに会うんだ』とそれを支えにしてな。それは悪いことか?」
「……悪く無いです」
「あの子はシャーマンが嘘を嫌うと云う事を知らなかったんだ。それは許してやれ」
「はい」
「そして嘘を吐いてこんなにも後悔して苦しんでいるお前を対する判断は、その目で自分の回りを見れば分かるだろう? 自然はお前に何と言ってる?」
「……何も言って無いです。怒ってもいないです」
「ならそれが今回のお前に対する自然の評価だよ」
正直体力の限界に近いミキは、レシアを抱きしめてそのまま横になった。
もうこのまま寝てしまいたい。そう思っているのだが、相手がなかなか寝てくれない。
「でもミキ」
「お前は嘘を吐いた。でも言ったの優しい嘘だ」
「優しい嘘?」
「そう。相手を想い自分を傷つけて発した優しい嘘なんだ。だから俺はお前を叱らない。だってお前は相手を傷つけるためにそれを言ったんじゃないんだから」
「……はい」
「でもこれで味を占めて嘘を言う様になるなよ。自然は常にお前を見ているんだろ?」
「はい」
そっとレシアの頭を抱き寄せてその額に口づけをする。
「何日か休んだらここを去るからな。それまでに……あの子にお前の本気の踊りを見せてやれ」
「はい」
お返しのキスを唇に感じはしたが、限界を感じたミキはそれ以上頑張らず自分の意識を手放した。
「予定より少し長い滞在になったな」
「そうですね」
雨の上がった空を見つめミキは軽く伸びをする。
宴が終わってからの翌日から分厚い雲が広がり雨が降り出したのだ。
一日二日で止むと思っていた雨は、四日の間振り続け……その間ミキたちはずっと足止めを食らうことになった。
レシアはカロンと一緒に白い毛皮の手入れをしながら、たまに彼女を連れ立ってどこかへ消えてしまう。二人きりで話がしたいのか、それとも何か人に言えないことをしているのか……ミキは詳しく詮索しなかった。
今朝は雨が上がっているのを確認すると、またカロンを連れて消えた。旅支度の確認をしていると興奮した少女を連れて戻って来たからきっと"全力"を見せたに違いない。
レシアらしい良い別れだとミキは思い、ロバの背に荷物を括り付けた。
「こんなに毛皮を良いのか?」
「この村の特産はそれだけだ。まあグリラのお蔭で数は減っていたが、これからはどんどん増えるはずだしな」
「なら遠慮なく貰って行く」
見送りに来ているのはディッグとカロンだけだ。
あまり多くの人に見送られるのは好きでは無いので村人の見送りは断ったのだ。
レシアはカロンを抱きしめてずっと笑っている。
邪魔をするだけ野暮なので男二人で話だけ済ませる。
「次は何処に?」
「西の方に長剣使いの男が居るらしい。その人物に逢いたくてな……噂話を拾いながら向かう」
「そうか。見つかると良いな」
と、老人が伸ばして来た手にミキは苦笑しながら握り返す。
「困ったことがあったら呼べ。この大陸のどこでも駆けつけてやる」
「ああ。ならせいぜい長生きしてくれよ」
「はっ! お前こそつまらんことで死ぬなよ」
互いに額に血管が浮くほどきつく握った握手を終え、ミキはレシアに顔を向けた。
ギュッと互いに抱き締め合って最後のお別れを終えた所だった。
「行くぞレシア」
「は~い」
トコトコと歩いて来た彼女は、それでも後ろを振り返っては手を振っている。
相手の姿が見えなくなるまでそれを繰り返し、ようやく彼女は前を見て歩き出した。
隣に来たレシアの頭の後ろを軽く叩いて……ミキはそれを告げた。
「ところでお前……それどうするんだ?」
「はい?」
「頭の上の」
「へっ?」
キョロキョロと左右を見渡し首を後ろに傾けて空を見る。
そんなレシアの行動を避けるように飛び跳ねた七色の球体が……彼女の顔に着地した。
宴の後から姿を消していたからてっきり仲間の元へ帰ったものだと思っていたが、今朝出かけて戻って来た彼女の頭の上にちょこんと乗っていた。
「ミキ」
「何だ?」
「何でこの子が居るんですか?」
「知らん」
「うわ~。『一緒について行く』って物凄い強い意志を感じます」
「ならお前の頭の上にでも乗せておけ」
「私が預かるんですか?」
「俺には世話が出来んし、お前の世話で手いっぱいだ」
「にゃ~ん」
とりあえず顔から退かそうと必死に暴れる彼女とその手を掻い潜り避ける球体を見つめ、ミキは呆れてこちらを無視して先行するロバを追うことにした。
(C) 甲斐八雲
これにて陸章の終わりとなります。
予定通りに話が長くなってしまいました。
まあ色々と伏線と言うか、今後の展開に関わると言うか……レジックの扱いがだいぶ変わった感じです。
次回で東部編の最後です。西部劇チックな感じで行こうかと思案してます。
ここまでの感想や評価、レビューなど頂けると幸いです。