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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 陸章『優しい嘘は』
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其の参拾漆

「便所にしては長かったな」

「酔いを醒ましたくなってな……少し歩いて来た」

「はっ! あの子のことが心配になったから見に行ったと正直に言えんのか?」

「心配の理由が違うんでな。それに分かっていることを聞く方が野暮だろ?」


 ディッグの隣に腰を下ろし、ミキは懐からそれを取り出した。レジックの羽根だ。

 レシアが持って歩いていたが、カロンの元に行く時に置き忘れて行ったのだ。


「レジックが自ら抜いた羽根は決して色褪せない。シュンルーツに持って行けば高値で売れるぞ」

「俺のじゃ無いよ。これをどうするか決めるのはレシアだ」

「そうかい」


 グビグビと酒を飲み干し……彼はふと動きを止めた。

 何か頭の中で引っかかった気がした。


「あの子の名前は『レシア』と言ったな」

「ああ」

「どこかで聞いたことのある名前なんだがな」

「そうか?」

「……ダメだ。思い出せん」


 早々に思考を放棄してディッグは酒に戻る。


「それよりもシャーマンを連れて旅をしていること自体驚きだがな」

「どこでも言われるよ」

「仕方あるまい。シャーマンは"不幸を押し付ける"存在だからな」

「……ん?」

「何だ? 知らんのか?」

「俺の知っている言葉と違うんだが」


 カーッと酒臭い息を吐き出し、ディックはミキに顔を向けた。


「ここらではシャーマンは、『不幸を払い。その不幸を押し付ける』と言われている。お前が不幸を独り占めしているのかと思ったがな」

「嫌な趣味だ」


 軽口で答えながらミキはその言葉の意味を思案する。

 酒など飲むのでは無かったと後悔して、またあとで考えることにした。


「そう言えば十数年前にもこの村にシャーマンを連れた者が来たな」

「そうなのか?」

「詳しい話は知らんがな」

「誰か知っている者は? 元村一番の嫌われ者さん」


 このっこのっと太く短い足を振り回す老人から咄嗟に離れる。

 若者の身軽な動きにディッグは視線を巡らせて、一番詳しいであろう人物を見た。


「ゼイグ」

「何だ?」

「ちょっと来い」


 兄の言葉に渋々話の輪から抜け出した村長がやって来る。

 その表情が柔らかな所を見ると……こうして兄と語らえるようになったのを喜んでいるのだ。


「確か昔、この村にシャーマンを連れた人物が来たとか小耳に挟んだんだが……記憶にあるか?」

「ああ。でもあれは確か……」


 首を傾げて思案した彼は、ハッと目を見開いた。


「思い出した。北部から来たとか言ってた男だ。乳飲み子だった女の子を抱えて……『誰か乳の出る者は居ないか?』とこの村に立ち寄ったんだ」


 ゼイグの言葉にミキの思考が一気に醒める。


「今も覚えている。背中に長い棒の様な物を背負った初老の男だ。その者が抱えていたのが確かシャーマンだと言ってた」

「確かなのか?」

「ああ。その小さな手首に白い布を……」


 言っててゼイグも気づいたのだろう。


 白い布を巻けるシャーマンは稀有な存在だ。

 そして今この村には、十四の娘のシャーマンが居る。


「あの子は……あの時の乳飲み子か?」

「俺に聞くな。それよりその男は他に何か?」

「ああ。確か『西から来た』と。『北部で問題に巻き込まれ居られなくなって東に向かっている』と。あとは……」


 記憶を探る様に視線を彷徨わせる彼は、何か思い出したのか目を見開いた。


「空腹で目を回していた乳飲み子を救いたいがばかりに口走ったのかも知れんが、『この子は世界を救う大切な存在なのだ。だから今死なせるわけにはいかない』と言ってな……余りの迫力に滞在を許して乳の出る者を紹介したんだ」

「それで?」

「一泊して次の日の朝には二人とも居なくなっていた。ただ胸が萎むほど飲まれたと乳を与えた女が言ってたな」

「たぶんレシアだ。その人がまだ存命なら後で謝らさせる」


 ミキは呆れつつも思考を加速させる。


 今の話がただしければレシアは西から来たことになる。そして本人も言っているが、彼女を育てたのは一人の老人だという。

 符号が重なった。たぶん間違いない。


「で、何か解ったのか?」

「さあな。とりあえず西に行くことは変わらないみたいだ」

「そうか」


 話を終えたゼイグはまた仲間の輪に戻り、ディッグは改めて盃に酒を注ぐ。


「あまり飲むな。腹の病は治った訳じゃないんだ」

「分かっとる。人生最後の酒だ。好きなだけ飲ませろ」

「そうか」


 ミキは苦笑しつつ……自分の盃を相手に向け差し出した。




 まだまだ終わりそうにない宴であったが、ミキは村人たちに断って席を立った。


 グリラを相手に刀を振り回していたお蔭で、体は芯から疲れ果てている。

 それでも祝いの場だからと無理を押して参加していた。


 酒を飲み気が緩んで来たのもあって眠くて仕方が無いのだ。

 こればかりは気合で乗り越えるにはかなりキツイ。

 ミキはディッグから借りている道具置き場へと戻って来た。


「……ミキ」

「カロンと一緒に寝ているのかと思ったんだがな」


 膝を抱えて部屋の隅に座って居たレシアが寂しげな表情を向けて来た。

 その姿に小さく息を吐いて……彼はその隣に座る。行き場を求めていたようなレシアは、その体を傾けて彼に身を預ける。

 手を伸ばして頭を撫でてやると、彼女は泣き出しそうな声を発した。




(C) 甲斐八雲

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