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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 陸章『優しい嘘は』
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其の参拾陸

 四人が村に戻った時には、グリラを追い払ったと言うことで宴が開始されていた。

 村を悩ませていた化け物が居なくなったのが余程嬉しかったのだろう……辛気臭さすら漂わせていたあの村なのかと思ってしまうほど村中に笑顔が溢れている。


 ディッグは宴の中心へと招かれ……そして村長である弟の号令の下、今までの非礼に対する謝罪を受けた。

 自分が本来居れた場所を取り戻すこととなったディッグもまた、村の人々に頭を下げた。


 それが済めば後はわだかまりを忘れての宴だ。


 この様な時にこそ一番輝くレシアは……気乗りがしないと言って、軽く静かな舞を披露して終わった。

 それでも村の人たちの視線を独り占めしてしまうほどの舞だ。

 本気の彼女が踊っていたら魂すら奪いかねない。ただ……終始彼女の頭の上には、七色の丸い球体が乗ったままなのは誰一人として気づかないことにしていた。




 騒がしい輪から抜け出し、レシアは焼かれたお肉を頬張りながら歩いていた。

 楽しい空気が充満していて気分の良い場所なのだが、今日はそこに居るのが辛かった。

 だから歩いて……ディッグの家へと向かったのだ。


「ふぇ?」

「? お姉ちゃん?」

「あわわ……。ダメですよ。寝てないと」

「大丈夫。まだ少し目が回るけど」


 それは大丈夫とは思えない。


 家の壁を見る様にして立って居る少女の傍らに急ぎ飛んでいき、レシアはその背後から優しく抱き止めた。


「……凄いでしょ」

「そうだね」

「これが群れの長だったんだよ」

「うん」


 壁に吊るされているのは、ディッグとカロンの二人で仕留めた白いグリラの皮だった。

 綺麗に剥ぎ取られたそれは、四肢を広げて壁に吊るされている。

 白い毛並みは確かに綺麗だが、所々血や泥が付着していてこのままでは売り物に出来ない。


「明日からこれを毎日洗って干して手入れをするんだ」

「うん」


 そっと動いたカロンは肩越しにレシアを見つめ、その体を寄せて来る。

 幾分顔色は良くなってきているが、それでも決して万全とは言えない。


 レシアが聞き出しミキに通訳して貰った限りでは、彼女の体はレジックたちが使う強力な"幻術"で惑わされているだけなのだ。


 鳥たちの羽から舞う僅かな羽毛を吸い込むことで体の中から精神を狂わせる……何を言っているのかさっぱり分からないが、カロンの体はそれで体調が良くなったと"騙されている"のだと。

 勿論無理をすれば血を吐くし、痛みだって出る。


 ただ調子が良いと思っている体は、彼女の体をどんどん治療しようとするのだ。

『ならしばらくすればカロンちゃんは治るんですか?』と説明を受けたレシアは素直に悦んだ。

 でも彼は静かに頭を左右に振る。

『ずっと全力で走り続けるような物だと思う。それこそ死ぬまでな』と、答えたミキはそっと彼女を抱き寄せた。

『そんな無理をすれば体がもたない。あの子は死ぬまで体に無茶をさせて元気だと思い込み続けるんだ。そしてその無茶は彼女の寿命を縮める。もって一年……それはあの子の寿命が枯渇する時期を意味しているんだ』


 涙が溢れて止まらなかった。


 その説明で納得出来ずに何度も食って掛かったが、彼の言葉は正しいと思えた。

 自分の眼には……彼女を覆うとする死の気配に抗う気配が見える。その抗う気配こそが彼女の寿命の姿形なのだ。


 村にどれほど楽しい空気が満ちていてもレシアは楽しい気持ちになれない。

 だって自分を"お姉ちゃん"と呼んで慕う子は、来年の今頃にはきっと居ないのだから。


「お姉ちゃん」

「なに?」

「うん。お爺ちゃんがこの皮はわたしの好きにして良いって。だから手入れをして満足の行く出来栄えになったら……お姉ちゃんに貰って欲しい」

「私に?」

「うん」


 体を動かし向かい合う形になった少女は、ジッとレシアの顔を見つめた。


「この皮で作った服を着て……私にお姉ちゃんの踊りを見せて欲しいの」

「……」

「お願い」


 顔を胸に埋めて甘える少女の眼からは涙がこぼれていた。

 自分の言葉が我が儘で、そしてその約束が叶うはずが無いと理解しているのだ。


 レシアとて理解している。『この"約束"は決して守れない』と。


 自分たちが旅を止めてカロンに迎えが来るまでこの村に滞在していれば叶えられる。

 でもそれは少女に対する酷い仕打ちだ。


 この賢い少女は自分の我が儘でレシアたちの旅が滞ったことを理解し嘆くだろう。

 そうすればきっと彼女の気持ちが弱くなる。生きようとする気持ちが弱くなる。


 口を動かそうとしてレシアは自分が震えていることに気づいた。

 微かに……震えて口がちゃんと動かない。

 それでも覚悟を決めて小さく息を吐く。


「うん。"約束"だよ。必ずカロンちゃんが私に手渡すこと」

「……良いの?」

「良いの。だから次に会う時までに元気で居てね」

「……うん」


 少女の返事は涙声で聞こえた物では無かった。

 でもレシアは相手を抱きしめて泣き止むまでずっと傍に居た。


 自分が初めて口にした"嘘"を何度も噛み締めながら。




(C) 甲斐八雲

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