其の参拾肆
時は少し戻る。
食っているのか……?
目に映る物を言葉で表現すれば確かにそうなるはずだ。
だがミキの目の前で繰り広げられているそれに対して用いるべき言葉なのか怪しい。
地面に伏して恐怖におののき必死に抗おうとするグリラを、レジックたちはまるで地面を這う虫でも啄むかのように殺していく。
そしてその食べ方が実に不思議だ。まるで吸い込むかのようにグリラの皮が、肉が、血や骨が……その小さな嘴の中へと消えて行くのだ。
自分はまだ幻覚でも見せられているのかと思い軽く頬を叩くが、戻っていた痛覚で眉間に皺が寄った。
「ミキ~」
「ん」
「あの子たち……あんな形でしたっけ?」
「形だと?」
言われて見ると、何がどうしてそうなったのかと思うほどに丸々とした体形になっている。
最初見た時は……鶏よりもずんぐりむっくりしていたはずだが、あんなに丸々とした体をしていなかった。
何より全体が膨れて丸くなり過ぎたせいか、今見るとどこが体でどこか頭かすら見分けがつかない。
別の生き物だと言われる方がしっくりとする。
「あっ」
レシアの頭の上に居た小さなレジックが、その羽をばたつかせて地面へと降りる。
無事に着地したそれは、仲間たちが全て食べてしまう前に自分の分を確保しようとしたのだろう。小さな足を動かしてミキが殺したグリラの傍へと寄った。
それを見ていた二人は……そこから先の光景に目を疑う。
やはり小さな嘴で飲み込む様にグリラを食して行く。
そしてその体は……次第に膨れて丸くなる。
「ミキ~?」
「……食べているんだろ」
「でもあんな小さな体にあんな大きいのが入るんですか?」
早速一匹を完食し次のご飯に向かうその鳥の大きさは、ミキの握りこぶし程度の物だ。
人間よりも大きな化け物を丸ごと食べられるとは到底思えない。
「食べて体内でこう……潰して圧縮しているんじゃないのか?」
自分の掌を合わせて見せる彼に、レシアは小首を傾げる。
理解出来ないのは仕方ない。
言ってるミキですら馬鹿げたことを言ってるなと自覚しているのだから。
「まあ不思議な生き物なのには違いない」
「ですね」
二匹目を食って真ん丸になった小さなレジックは、その場にとどまり動かなくなった。
しばらく待っても動く気配が無いから、レシアは近づいてそっと両手で抱え持つ。
「……お腹いっぱいで寝てるみたいです」
「幸せな奴だな」
頭の上にそっと置いて、レシアは辺りを見渡す。
全ての死体を食べ尽したレジックたちが、まん丸くなって転がる様に移動していた。
「あれ?」
「どうした」
「この子たち……私たちを囲んでます」
「っ!」
言われて見ればその通りだった。
全てのレジックが集まり囲んでいる。
地面を覆う丸い球体……走って逃げるのは難しそうだ。
「……」
斬って捨てるか? と一瞬悩んだが、さっきのグリラを食する姿を見た後では判断が鈍る。
一匹斬っている間に他のモノに食われるかもしれない。
そうなれば自分が逃げる以上に、レシアを逃がすことが困難になる。
判断困る彼の横で、レシアはちょこんと地面に座って……ジッとレジックを見つめる。
彼らが纏う空気は特別な物だ。自分の頭の中ではそれを表現する言葉が無い。
「ミキ」
「……」
「この子たちってあれなんですか? 悪さをする生き物なんですか?」
「人を襲ったと言う記述は無い。むしろ人に狩られてその羽根を毟られた過去が多いな」
「そうなんですか」
危ない感じは最初からしない。
グリラを襲っていたのも食事の為だ。
お腹が空けば人間だって残酷な狩りをする。
それを知っているレシアは、彼らの狩りに文句は無い。
「ん~。えいっ」
手を伸ばし一番近くに居た子を捕まえる。
地面から足が離れたことに対する抗議なのかバタバタと羽を動かし暴れたが、レシアがそっと胸に抱くと暴れるのを止めた。
「ん~。意外とツルツルしてて気持ち良いです」
「そうか」
「えっと……目は何処ですかね? これかな?」
両手で掴んで眼前に運んだ彼女は、ジッと球体を見つめる。
ミキはその様子を確かめつつも、いつでも刀を抜けるように構え続けた。
しばらく待つと……不意にレシアが立ち上がった。
「ミキ」
「ん」
「えっと……その口の布を取って下さい」
「でも」
「良いから」
渋々従い布を取る。まだ空気中にキラキラとした物が見えるだけにミキとしては外すのに抵抗はあったが、彼女が強い口調で指示するのには理由があるはずだ。
普段通りに息をしながらこちらを見ている相手に顔を向ける。
レシアは手に持っているレジックを彼の顔に押し付けて来た。
「何の真似だ?」
「良いから」
「……」
意味の無い行動だったら後で叱ると決めて待つ。
すると押し付けられた部分を啄まれた気がした。
そっとレジックを引いたレシアはそれを見る。
黒い影の様な物を咥えたレジックが、彼の傷を食べている様子をだ。
「凄いですミキ」
「俺にはさっぱりだがな」
「この子がミキの傷を食べてます」
「意味が分からんな」
「もう! あれです! この子がミキの傷を食べて、ミキの傷口が……血は止まってます」
一度自分の目で確認し、ついでに傷口だった場所に唇を這わせたレシアは興奮気味に騒ぐ。
ただそれを知っていたミキとしては、記述の裏付けが取れたに過ぎない。
「どんな感じになっている?」
「はい? えっと……傷口が塞がって薄くカサブタになってまっ」
「取れたな」
「もう! 擦ったら取れるに決まってるじゃ無いですか! ああ……また血が」
改めてレジックを顔に押し付けられたミキは、そのやり方に文句の一つも言いたくなった。
(C) 甲斐八雲