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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 陸章『優しい嘘は』
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其の弐拾肆

 ボウを掴み走るディッグは、時折振り返りそうになる自分を叱咤していた。

 彼の……自分の半分も生きているか怪しい若造に告げられた言葉が気になって仕方が無かったのだ。


(好き放題言いおって!)


 怒りではらわたが煮えくり返りそうだ。

 だがどうしても相手の言葉が気になって仕方がない。


 ブンブンと激しく顔を振り、今やらなければいけないことに集中する。

 もしあの若造がグリラを通せば、村に被害が出るかもしれない。


 何故今……?


 そう思い可能性に気づく。

 今日はカロンとあの二人を連れて奥へと向かった。

 そのことがグリラからすれば普段と違う事なのだ。

 だからあの化け物共はやられる前にと動き出したのかもしれない。


 臆病者が考えそうな幼稚でくだらない理由だ。

 それではまるで……


 ディッグの足色が鈍りやがて止まった。


 気づいてしまった。

 いや最初から気づいていたのだ。


 あのグリラはまるで自分と同じなのだ。臆病でずる賢いだけの生き物だと。


「そうか。あはは……そうか……」


 呟きが口から溢れ彼は目頭を押さえた。

 認めてしまえば後は簡単だった。何せつい今しがた嫌というほど聞かされたのだから。


「儂は……本当に大馬鹿者だな」


 彼の言う通りだ。自分は知らぬ間に子供をダシに使う意地汚い男に成り下がっていた。


 ショックのあまりふらつく足に活を入れ、ディッグはどうにか地面に崩れ落ちるのを耐えた。

 嘆き倒れている暇など無い。ボウを脇に挟んで顔を張ると、老人はまた走り出した。


 護らなければいけない人が居る。人たちが居る。

 昔は純粋にその人たちを護る為に必死だった。

 頑張れば頑張るほど皆が離れて行った。そんな日々が辛く何より寂しかった。


 その寂しさを誤魔化す為に拾ったのが小さなグリラだった。

 人の形を成しているモノなのだから、愛情を注げばと思った。

 今にして思えば……寂しさの余り思考が狂っていたのだろう。


 そのグリラが原因となり起こした自分の過ち。


 カロンの両親を殺めてしまった自分は、あの日……引き裂かれて地面に転がっている躯を見て恐怖した。

 死ぬことが怖いと思った。

 何より自分が"一人"で死ぬのかと思った時……全身が震えて止まらなかった。

 人を殺してしまったことよりも、そっちのことの方を案じてしまったのだ。


 その時になってようやく気付いた。息も絶え絶えの赤子の存在に。

 必死に伸ばしていた手は血で真っ赤になっていた。今にも落ちてしまいそうなその手をディッグは掴んだ。

 冷たくなっていた小さな手が、人殺しの手を握ったのだ。


 気づけば赤子を抱えて走っていた。

 両親に思い当たる節が無かったから近隣の村の者だったのかもしれない。

 だからこそディッグは赤子を抱えて走り続けた。


 生かさなければ……これはきっと最初で最後の機会だと思ってしまったからだ。


 医師に見せて生きながらえれば、身寄りがないかもしれないこの子を自分が引き取れる。

 そうすれば自分は一人で死なない。見取ってくれる者が出来ると。


 自分自身の暗い過去を封じて来た思いの枷が外れた今、ディッグの思いを満たすモノは……決して人に言うことの出来ない、自分の欲望を満たすだけの愚かなる行為の限りだった。


 自分など今すぐにでも死んでしまった方が良いのだと理解出来る。だが出来ない。

 何故ならば……死ぬのが怖いからだ。

 老いても尚、病気になっても尚……ただただ死ぬのが怖いのだ。


 それだけにここ最近は本当の意味で生きた心地がしなかった。

 自分を見取って貰おうと思い拾った娘が、その命を終えようとしている。


 死にたくないと願ってしまった自分はまだ死なない。

 死ぬとすれば彼女の後になってしまうだろう。

 望んでいたことが逆になってしまう。自分は一人で逝きたくないのだから。


 本当に自分という生き物は酷い生き物だ。

 グリラを嫌い殺していたのは……まるで自分自身を見つめているかの様に思えたからかもしれない。


"同族嫌悪"


 あれと自分は同じ生き物なのだ。


「反吐が出るほど嫌になるな」


 長年培ってきた経験で、走りながら構えたボウから矢を放つ。

 不意のことに反応出来なかったグリラが一匹……眉間を撃たれて転がった。


「なあ傷有りよ」


 地面を噛み締める様に足を止めたディッグは、相手を睨みながら次の矢を番える。

 視線の先に居るのは自分が寂しさを誤魔化す為に拾ったグリラだ。

 白い毛並みに他の者とは一回りも大きい体。そして左目の下にはあの頃と変わらずの傷跡。


 自ら飛び込んで来た人間に、一瞬驚いた様子を見せた化け物は……見つけた獲物を前にご満悦とでも言いたげな笑みを浮かべた。


「笑うな化け物が」


 群れの長とその他に二匹。計三匹のグリラを前にディッグも笑っていた。

 恐怖はある。だがそれ以上に、胸に秘めた思いがある。

 狩人になった……若く理想に燃えていた頃の眼をその顔に宿し、老人は吠えた。


「村の者に手を出すお前なんざ、この儂が殺してやる!」


 護りたい。

 その思いが彼の内側から溢れ出ていた。




(C) 甲斐八雲

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