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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 陸章『優しい嘘は』
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其の拾漆

「匿った?」

「いや……間違ってはいないが言葉の響きは良く無いな。アイツは傷ついた子供を拾い連れ帰ったのだ」


 爆ぜる薪に視線を向け、彼は焼けた魚に手を伸ばした。

 状態を確認して残りの物も火から遠ざける。これ以上焼けない為の配慮だ。


「傷の手当てをして納屋に隠していた。儂がそれを見つけたのは二十日後のことだ。亡くなった家族の葬儀を終えて掃除をしている時に見つけた」

「……」

「左目の下に傷を負ったそれは、アイツと勘違いして儂の前に出て来たのだろう。だが直ぐに違うと気付いて隠れた」

「それで?」

「……殺そうとした。手近にあった鉈を握って追い駆け振り上げた」


 彼の視線は握られた右手に向けられていた。

 きつく握りしめたその手をゆっくりと開き……また静かなに閉じた。


「子供のグリラは恐ろしいほど純粋な目で人を見て来るんだ。こちらの気持ちを知ってか知らずか、綺麗な目でジッと見つめて来る。自分の稚拙な行為で家族を死に追いやった儂には……その目は辛すぎた」

「やらなかったんだな?」

「やれなかったんだ。そして村人に挨拶を済ませて戻って来たアイツに詰問をした。『何故拾ったのか』とな」

「……」

「何も答えなかった。アイツはただ寂しそうに笑うと『明日にも捨てて来る』とだけ言ってな……それ以来まともに会話をして来たことは無い」


 椀に酒を満たした彼は、それをガブリと一気に飲み込んだ。

 胸の内から溢れ出てしまいそうな言葉や思いも一緒に飲み下すかのように。


 それを見つめミキは、『本当に似た兄弟なのだな』と思った。


「捨てて来たんだよな?」

「ああ。次の日には居なくなっていた。だが」

「?」

「あれは帰って来た。群れの長になってな」

「まさか」

「ああ。今この村の傍に居るグリラの群れを率いているのは、あの時手当てをした子供だ。証拠に左目の下に傷跡が残っている」

「……」


 合点がいった。何故ディッグがグリラを狩り続けているのか。

 それは自分の罪なのだろう。子供を逃がしたことで生じた危機に対する贖罪。

 その思いに達した時、ミキはもう一つの謎が解けた。彼がカロンを育てている訳が。


「ディッグが育てている少女は、両親をグリラに殺されたそうだな」

「ああ」

「……群れの長のことを知っている者は?」

「儂とアイツだけだ」

「そうか」


 村人に決して言うことの出来ない秘密なのだろう。

 村を滅ぼしかねない"敵"を作ってしまったことに対する負い目か。


「子供を拾った時はまだ若かったのだろう? グリラはどれぐらい生きるんだ?」

「知らんよ。化け物の寿命なんてな。物によっては数百年生きるとも言われている」

「確かにな」


 神格を帯びたかもしれないほど長生きしている蛇を見ているだけに相手の言葉に素直に頷く。


「だがあのグリラは齢を追うごとに賢く、そして狡猾になっている。ディッグが今だに打ち倒せていないのはそれだけ厄介な相手だからだ。たぶん子供の頃に人を観察して学んだのかもしれない」

「それは確かに厄介だな」


 手の内を知られている相手と戦うことほど正直辛い物は無い。

 それでも挑み続けているのだから、ディッグもまたその技術を磨き続けているのだろう。


 追う者と追われる者。


 終わりを迎えるのは、どちらかが死を迎えた時だけだ。


 ミキは魚に手を伸ばしそれを黙って口にした。ゼイグも酒を片手に魚を喰らう。

 しばらく黙々と魚を味わい……ミキは酒で口の中の物を全て胃の方へ流し込んだ。


「話を聞いてまあ幾つかの謎は解けた。ただ一つだけ分からん」

「何だ?」

「何故ディッグを殺したい?」

「……」

「秘密を隠すにしては……な」

「そうだろうな」


 苦虫をかみ砕いたような表情を浮かべ、彼は深く深く息を吐いた。

 腹の底から絞り出したかのような息は……彼の腹に溜まる思いだったのかもしれない。


「アイツは病気だ。巡回して来る医師が言うには、腹の中のある臓器が肥大して来ているとか言っていた」

「肥大?」

「詳しくは知らん。だがその病は薬などでは治らん。南部の医師なら腹を裂いてその部分を切除する術があるらしいが、この国にはそんなことが出来る者は居らんそうだ」

「聴いたことは無いな」


 腹を裂いて臓器を切るなど初めて聞いた。


 昔自分の腹を切ったことのあるミキだが、あの苦痛はとても人に説明できるものではない。

 良く生きて居られるものだと変な方向に感心してしまう。


「長くてあと一年。でも……それでも、アイツはグリラを狩り続けるだろう。群れの長を狩る為なのか、それとも自分が死ぬ場所を狩りの途中と決めているのかは知らん」


 焚火に向けていた彼の視線がミキを見た。

 それは兄を思う弟の目をしていた。

 あの日……自分に向けられた弟の目と同じだった。


「でももう良いだろう? 十分に戦った。本当なら感謝されて死ぬべき偉業だ。それを村人たちは……彼を村長の地位から引き摺り下ろした後ろめたさから、誰一人感謝の言葉も言えん。儂も今だに何も言えん。もうこんな日々を終わりにしたいのだ」

「……」

「グリラとの戦いは儂らが引き継ぐ。だから彼には満足して死んで欲しいんだ」

「そこで俺か」

「ああ。アンタの腕がどれ程の物かは知らない。もしかしたらディッグの方が強いかも知れん。でも……アンタをけし掛ければ、アイツも気付くだろう。『この村は救う価値の無い場所だ』と。だから頼む」


 深く頭を下げて来た相手に……ミキは何とも言えない視線を向けた。


「それで本当に良いのか?」


 ミキはそう言わざるを得なかった。




(C) 甲斐八雲

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