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異世界剣豪伝 ~目指す頂の彼方へ~  作者: 甲斐 八雲
東部編 陸章『優しい嘘は』
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其の伍

 ふと聞こえて来た物音に……背の低い体を少し屈めて、ゆっくりと茂みの間から覗いて見た。


 その場所は動物たちが水場としている湧き水が小さな泉を作っている。

 聞こえて来た"音"が間違えでなければ人の声だった。


『こんな奥深いところに人なんて……』と、思い向けた視線が凍った。


 綺麗な髪。白い肌。無駄な贅肉の無いスラリとした腕や足。全体的に痩せているのに、胸にははっきりと見て取れる双丘が。


 固まっていた視線が、無意識に自分の胸元へと向けられていた。


『……大丈夫。胸なんて無くても生活に何の支障も無い』


 自分の心に向かい挫けない為の言葉を呟いてどうにか立ち直る。

 この言葉を聴いてから本当に自分は救われた気がしてならない。村に住む老婆は本当に偉大だ。何でも知っているし、自分の悩みの種すら取り除いてくれたのだから。


 気持ちを落ち着かせ……"彼女"は、また視線を泉へと向けた。


「冷たいです。また風邪でも引いたらミキに怒られます。でもずっと抱きしめてくれるのは嬉しいから……えへへ。えへっ」

「……」


 先ほどまで見せていた神秘的な姿が無くなっていた。

 だらしなく表情を緩めて笑っている相手はただの娘だ。


 だがそんな人がどうしてこんな場所に?


 静かに視線をずらして辺りを見渡す。

 ここは木々の茂る奥深い場所だ。子供の頃からここを遊び場として育つ自分だから入って来れるが、一つ間違えば熟練の狩人でも道に迷う。


 ならあの人も迷子なのでは?


 そのことに気づき今一度視線を巡らせて……彼女は凍った。

 面と向かって相手がこちらを見ているのだ。それも物音すら感じさせずに接近して来ている。


「ひっ!」

「はい?」


 驚きの声を上げて後ろに倒れ込む彼女と、相手の声に自分の背後を振り返って確認する女性……レシアの行動は全くの的外れだ。


「あっちには誰も居ませんよ?」

「……」

「そうです。大変なのです」

「……」

「何か拭く物はありませんか? 布を忘れて水浴びを始めてしまったんです」


 全裸のまま事情を説明して来る女性に……彼女はとりあえず一発叩きたいと心の底から思った。




「飲み水を探していたら綺麗な泉があったからつい水浴びを始めたんです」

「……」

「そうしたらずっと私を見ている視線があるじゃないですか。てっきり貴女も水浴びをしたいのかと」

「あんな冷たい水……浴びると風邪を引く」

「ですね。かなり後悔してます」


 えへへと笑うレシアは、自分の服を拭く物として使い、出会った相手から借りた皮製の上着を着て裸を隠していた。


 上着を貸した方も半袖の肌着一枚となり寒そうに手で腕を擦っている。

 今日は体調が良いから多少無理をしても問題は無いはずだと自己判断しての行為だ。

 仮にこんなことをしたと知られれば……一瞬考えて、ブルッとその身を震わせた。


「この三日ほど道に迷ってたので、ようやく生き物に出会えて嬉しいです。この辺には動物も居ないんですね」

「……動物たちは恐怖して逃げてしまっている。もう少し奥に行かないと居ない」

「へ~。そんなんですか」


 鍋に水を満たして両手で持つ相手に呆れつつ、彼女はゆっくりと視線を巡らせる。


 フワフワとした女性は適当に歩いている様に見えるが大丈夫なのだろうか?


 相手に対し何とも言えない不安を覚えた。


「そうそう。私はレシアです。貴女は?」

「……カロン」

「カロンちゃんですか」

「ちゃんなんて付けて呼ぶなっ!」

「……はい?」


 突然怒られ、レシアは足を止めて首を傾げる。

 カロンと名乗った小さな人物は……どこか演技でもするかのような感じで怒っている。


「俺はカロンだ。良いな」

「はぁ」

「何だよ。不満でもあるのかよ」

「いえ……ただ女の子が"俺"とか使っていると、ミキが間違いなく怒るので」

「なっ!」


 絶句するカロンを尻目に、レシアは軽く思い出していた。

 一度冗談で自分のことを"俺"と言ってみたことがある。本当に冗談で軽い気持ちだったが……その代償は、彼女の保護者たる青年の長々とした説教だった。

 以来言葉遣いと言うか、自分のことは"私"以外使わないとレシアは心に決めていた。


 フルフルと肩を震わせる相手に嫌な空気が集まるのに気付き、レシアは鍋を地面に置くと両手で耳を塞いだ。


「俺は男だ!」


 その声が響き渡った。




「ん?」


 ミキは何か聞こえた気がして顔を上げた。


 今は食料の在庫などを確認していた最中だ。

 同じく近くに居るロバも顔を上げたが……直ぐに興味を無くして草の方を向く。


 草が主食なロバが正直羨ましく思えていた。

 体調が回復するなり食欲までも回復した彼女は、四日分はあるであろう食料を全て食い尽くした。翌日隊商が来たから救われもしたが、彼女の食べて踊ってはしばらく続いた。

 急ぐ旅では無いと理解しているが、そんな理由で足を止めるのには少なからず抵抗はある。


 ミキは何と無く空を見上げ、吐き出そうとしていたため息を飲み込んだ。

 現状……あと二日程度の食料しかない。


 そんな状態でこの生き物がほとんど居ない木々の中をどう過ごせば良いのか?


 ぼんやりとロバに視線を向ける。

 ロバは……何も言わず彼に対して尻を向けると尻尾を振って無視していた。

 最終手段ではある。本当の意味での最終手段ではある。


「レシアが戻って来たら……何か食えるものでも探しに行かないとな」


 それか期待は出来ないが、彼女が何か探して連れて来るのを期待するしかない。

 食える物であれば良いが。




(C) 甲斐八雲

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