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72.笑顔

 セラは何も無い洞窟の通路を一人で歩いていた。囮兼罠の役目が終わった後彼女に出来る事はもう無い。狼男―とミコトが呼んでいた―の無力化は失敗したが人質をとることには成功したので『羊飼い』達を追い出すことが出来るはずだという。


 ならば自分は何時までもこんな所にいても意味が無い。今日はばたばたと忙しかったため昼に軽食を食べた以降セラもミコトも何も口にしていない常ならもう夕食を食べて後片付けをしている時間帯だ。食事のしたくは何時もミコトがしてくれるが今日は上記の理由で何の用意も出来ていない。ならばたまにはセラが夕飯の用意をしてもいいだろう。


 神官たちがいなくなって自分の目が覚めてからセラは一切の魔法を使うことが出来なくなってしまったがそもそも奴隷には魔法を使えないものが多い。

 ミコトのように魔法で火種を出せなくとも竈に火を入れるぐらいセラでも出来る。


 一体なんにしようか、簡単な調理しかセラには出来ないので自然と選択肢は狭くなる。

 ミコトの作る食事はおいしいのだが、外見からも分かるようにこの地域の出身ではないようでセラのなじみの無い食事が多い。


 これは単純にミコトの大量の食材を腐らせる前に使ってしまいたいという思惑があるので、奴隷であったセラが普段口に出来ないような材料を使っているというのも多分にあるのだがセラ自身が奴隷としての生活しか送ったことの無いのとミコトの知る洋食とこの地域の料理にいろいろと差異がある所為で、そのこと自体には気がづいていなかった。


 暗い通路をミコトに持たされた光る短剣で照らしながら歩く、通路のごつごつとした壁がなんとなくじゃがいもの様に見えてきたところで今日はじゃがいものスープにしようと思い立つ。

 昔はよくじゃがいもや野菜のくずが入ったスープを食べたもので、運がよければ肉や魚の欠片も入っている。今なら野菜もくずじゃないものを入れられるし、肉も魚―新鮮なものは無いので干物ばっかりだが―も好きなものを入れられる。調理方法も水と一緒に入れて煮込むだけなので簡単だ。


 そう考えると顔をほころばして―実際には表情はまったく変わっていなかったが―通路を進む足を速めた。


 ふと、セラは進む足を止めて振り返った。


 何か生き物の声がした気がしたのだ。この場所に自分達以外の生き物がいるはずが無い。

 首をかしげ聞き間違いだろうかとまた前を向いて歩き出そうとした時。


 セラの側の壁が弾ぜた。


 「!?」


 何が起こったのかわからず壁を見つめて立ち尽くすセラ視界の端にそれらは現れた。ナイトランプの様な明かりに照らされ、闇の中から一人と一匹の姿がぼんやり浮かび上がる。その人物が持つ明りよりセラが持つ短剣の明りの方が光が強いためセラにはその人物が女で、女の側にいるのが大きさからして狼だということしか見て取れない。

 どうやってここに辿りついたのだろう、狼男を罠に嵌めた部屋からの道はミコトが塞いでしまったので今現在まとも(・・・)にこの場所に繋がる道は無いはずだった。それに明かりを持っているのならば先ほどセラが振り向いた時に気付くはずだ。


 しかし今は彼らが何処から現れたかよりもセラを攻撃してきたということの方が大事だ。


 思わず逃げようとした所を今度は足を掠めて地面が弾ぜた。


 「逃げると今度は頭を狙うわよ、大人しくしていなさい」


 セラが立ち止まり足を見ると薄っすらと血がにじんでいる。暗くてよく見えないが何か小さなものを飛ばして壁や床に当てているようだがそれが何なのかまったく分からない。女は右手に明りを、左手に何かを握っている。女の位置からここまでの距離を壁がはじけるほどのスピードで飛ばせるはずが無い。格好は奴隷が良く着るような粗末な服装だが小指の先に光を点せるならば魔法が使えるのだろう。

 ということは今セラを攻撃したものも何らかの魔法である可能性が高い。


 セラは手に持っていた短剣を握り締めた。手の中にある短剣は先ほどからゆっくりと震えだしている。しっかりと手に持っていなければ今すぐにでも飛び出して女に襲い掛かりそうだと思った。


 ゆっくりと近づいてきた女はセラが握り締める短剣をじっと見つめた。セラが刀身部分までも握りこんでいるのが奇妙なのだろう。形の良いその眉を歪にゆがませている。


 「それは…歯も付いてないみたいだし…ずいぶん装飾的なところからして短剣形の明かりの魔道具…なのかしら?まぁいいわ。よこしなさい」


 女は高圧的にそういうと明かりのついた手を差し出してきた。セラがその手を見つめながらじりと後ずさる。

 女はそんなセラに苛ただしげに口の端をゆがめると無言で短剣を取り上げようと手を伸ばしてきた。


 セラが眼前に迫った手を慌ててよけると、勢いよく振りかぶり自分達とはあさっての方向へと短剣を投げた。

 短剣は動揺したように震えながら闇の中へ消えていった。

 セラが短剣が明かりも消えて闇へとまぎれたことに安堵の息を吐こうとした瞬間、視界が反転したことに息を詰めた。

 数拍遅れて頬に熱と痛みがともる。どうやら自分はセラの行動に怒った女に叩き倒されたようだ。


 「奴隷風情が!!なんて事をするのよ!!」


 床に転がるセラに更に女が追撃をしようと足を振り上げた時―また声がした。


 女ではない、狼でもない、もちろんセラでもない。高い音程の小動物の声。


 女はその声に足をぴたりと止め、明かりの付いていない手を開き―ぼろぼろと小石が零れた―着ていたスカートの裾を捲り上げた。

 痣が目立つ痩せた太ももが露になる。そこには錆びの浮いた使い古された包丁が括り付けられていた。

 女がもたもたと太ももから包丁を取り外す。その間女の隣に控えていた狼がセラが逃げださないよう唸りを挙げて威嚇する。


 ようやく包丁を取り外した女はセラにその刃先を向ける、使い込まれて入るがしっかりと研がれたするどい切っ先がセラの喉下に迫る。


 「さあ、神官たちがいる場所に案内しなさい」


 セラはようやくその時女の顔をしっかりと見た。洞窟暮らしのセラと違い日に焼けて多少荒れた肌をしているが長く伸びた睫毛や、スッと通った鼻梁から恐らく美人の部類に入るのだろう思える顔をしていたがセラにはそんなものよりもずっと印象の強いものがあった。


 セラも過去何度か見てきたそれは欲望がどす黒く滴り落ちてくるような女の笑顔だった。

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