70.人質
遅くなってすいません。ちょっと難産でした。
あと更新してない間にブックマークが100件を越してました!!ありがとうございます!!これからもがんばります!
天井から大量の土砂が降り注ぐ、『犬』はその光景に自分たちが罠にはめられた事に歯噛みした。警戒はしていた。しかし警戒するだけで詰まれた状況が打開できるわけではない。
奴隷と『犬』がいる場所の丁度反対側、入り口を塞がれる形に落ちてくる土砂は『犬』が思っていたよりも早く止まり、警戒する『犬』の眼前に青い外套を着た人物が自由落下にしては不自然な速度で落ちてきた。
その人物は乗っていた荷車ごと土砂の上に危なげなく着地する。体は入り口を向いているので顔まではわからないが間違いない、あのハーフエルフだ。あの崖で見送ってから初めてこの男が自分たちの前に姿を現した。『犬』がハーフエルフ目がけてとびかかろうとした瞬間、『犬』の眼前に巨大な柱が落ちてきてタイミングを失う。白色にぼんやりと光る不思議な材質のその巨大な柱は『犬』とハーフエルフを隔てるように地面に突き刺さり薄暗かった部屋に柔らかな明かりを放った。
いくら弱い光だとしても暗い室内に慣れていた所、眼前にいきなり出現した光源に『犬』は思わず目を閉じる。掌で光を遮りながら薄目でハーフエルフを追うと相手は落ちた天井で出来た丘から飛び降り部屋の出口へと走り出す所だった。
「待テ!」
『犬』の声でハーフエルフは初めて此方を振り替える。
「取引は不成立だ」
柱の光を受けてハーフエルフの顔だけが白く浮き上がる。
「モレアとか言う奴隷は解放できない」
それだけを告げるとハーフエルフもう『犬』には興味は無いとばかりに駆け出した。
乗って降りてきた荷車に乗って移動した方が速いだろうに、ハーフエルフは荷車を土砂の上に捨てて脇目も降らずに自駆けていく。ハーフエルフを罠に嵌めたときのように一瞬荷車がこちらを襲ってくることを警戒したが当の荷車は動く気配すら感じられない。
いや、この洞窟に入ってから決して姿を見せなかったハーフエルフが初めて姿を晒し、そして無防備に『犬』に背を向ける。それはつまり、『犬』に達に構っている暇など無い事がハーフエルフ側に起きたということでは無いか。
『モレアとか言う奴隷は解放できない』
モレアは『犬』の部下の名前だ。恐らくハーフエルフが名指したかったのはアズルのことだろう。アズルに何かが起こったのだ。それも恐らくハーフエルフにとって非常に都合の悪い事が。
『犬』は背後で今だ首もとに短剣をつきつけているローナを見ると一瞬の躊躇の後、その腕を掴んで練り上げる。力の込められなくなった指から短剣を取り上げる。何の抵抗も無く取り上げられた短剣を折ろうとしてーその短剣が恐ろしく固いことに気付くと短剣を折る事は諦め、それを手に掴んだままハーフエルフを追いかけた。
◇◇◇
任意の場所を崩す事が出来るように部屋の天井の至る所に張り巡らせた声伝菅で入り口付近の天井を崩しそこから部屋の中へ飛び降りた私は一目散に部屋を飛び出し通路を駆け出す。
目的地は最初に『羊飼い』達を罠にかけた場所。
オートマタは体が大きくて動かして何処かに隠すのも難しかったので放置してしまったがこんなことになるのなら死体と一緒に『肉体吸収』して片付けてしまうんだった。今さらこんなことを思っても後の祭りだ。
私はLED豆球が照らす通路を走り抜ける。通路の先、崩落の土砂で豆球が埋まり光の届かない薄暗い突き当たりにはずんぐりむっくりとした黒い影とその影に張り付くようにもう一人人影が見えた。
ここまでの接近を気づかずに許してしまった自分の怠慢を責めながら私は地を蹴ってずんぐりむっくりとした影、オートマタに飛びつこうとする。指先さえ触れていれば私は相手の魔力を操れる、オートマタの使用者登録が終了する前に間に合えば―
しかし私の指先はオーガベアの毛皮に触れる前にオートマタ自身の剛腕によって体ごと弾き飛ばされた。
無防備に飛びついた私の肩に見事なカウンターが入る。私の体は無抵抗に宙を舞い、そのまま地面に激突―する前に何者かに抱きとめられた。
揺れる頭で自分をキャッチした腕を視界にいれる。青色LEDに照らされて灰色に光る毛皮の腕が私の肩を掴んで支えている。
「何で助けてくれたんだ?」
私の体を支えている狼男にそう問いかけると狼男は暫く考え込むような顔をした後口を開き、何も言わないまま口を閉じた。
ソウルイーターの感覚ははっきりとした感情や言葉しか読み取れないので狼男が何を考えてるか細かいことまでは分からないがどうもこの気まずい感じから察するに特に意味もなく、目の前に飛んできたからうっかりキャッチしてしまっただけのようだ。
「まあ、何でもいいけど助かったよ。ありがとう」
私があっさりと告げた感謝の言葉に狼男はいよいよ変な顔をした。犬の顔なのに意外と表情が分かるものだなと思っているとオートマタに殴られた肩の感覚がようやく戻ってきた。
狼男に掴まれたままの肩を見下ろすと、右腕は肩の下から力が抜けたようにだらんと垂れ下がり、骨折に似た痛みが湧き出している。どうやら肩の関節が外れているらしいが、頭をつぶされた奴隷の事を考えるとこれぐらいですんだのはまだ僥倖だったろう。
狼男はゆっくりと私から手を放すと暗がりの奥へと声を上げた。
「モウイイ!だうざガ死ンダ今、我等ニはーふえるふヲ捕エル理由ハ無イ!ダカラ―」
爆笑。
そう言っていいほどの笑い声が狼男の言葉を遮る。変に高い、どこか癇に障るような女の笑い声。やがて、ひときしり笑い終えた後、オートマタと彼らが光の届く範囲まで現れた。淡い光に照らされた彼らは間違いなく行方不明の奴隷とその奴隷に包丁を突きつけられているセラの姿だった。




