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69.ある女のこれまで

 女の人生は希望に満ち溢れていた。

 彼女の父は祖父から継いだ田舎の小さな店の商主だったが、類まれなる商才を持って生まれ、たった一代で王都に店を構えるほどに店を盛り上げた、さらには取引相手の男爵の次女を嫁にもらい細いながらも貴族とのパイプも作り、王都の一等地に店を構えるほどの繁盛店にのし上がった。


 男爵の次女は商売には疎かったが貴族の末端に座る身としては非常に美しく、またその外見にふさわしい貴族の教養と気品をもっていた。


 女はその家の長女にして末の子として生まれ、母の美貌を受け継ぎ非常に愛らしく育った。父と母はそんな末子を可愛がり、どこかの貴族へと輿入りさせるのだと、貴族の嫁としてふさわしい知識と立ち振る舞いを教え込んだ。


 父からは機の読み方、母からは貴族としての立ち振る舞いを学び、そして両親からあふれんばかりの愛を注がれて磨かれた女は18歳、その美貌を咲き誇らせていた。


 事件は、彼女がまさに18の時、嫁ぎ先も決まり彼女のひときわ輝かしい記録の一ページが描かれようとしたその矢先に起こった。


 死の神チェノボグを祭る神官達の派閥の解体。

 一体何故解体の憂き目に会ったのは女は知らない、当時の女の頭には貴族の夫とその妻になる自分の変わる生活についてしか関心が無かったからだ。

 王都における一大派閥の解体、その影響は教会だけでなく王都にすむ者達全てに影響を与えた。


 とりわけ影響はあったのはその派閥に組していた貴族、そしてその貴族達と付き合いのあったすべての者達。


 それは王都の一等地に店を構える女の家も例外ではなかった。


 まず店と取引のあった幾つかの貴族が爵位剥奪、降格の憂き目にあった。親族から派閥の神官を輩出している貴族は勿論だが、献金や寄付、パトロンになっていた貴族。しかしここで献金程度の付き合いの貴族達は厳罰を恐れ献金は付き合いのあるところから頼まれたものだ自分達と派閥は何の関係も無い、と責任を自分より立場の弱い者たちへ押し付け始めた。

 つまりは女の父親の店に。

 もちろん店としてはそんな貴族の主張を受け入れるわけにはいかない。もし受け入れれば土地も店も、王都での商売の権利も何もかもが取り上げられてしまうからだ。

 しかし反論しようにも曲がりなりにも相手は貴族、そしてこちらは一介の商人だ。どちらの主張を受け入れてくれるかは火を見るより明らかだ。


 貴族に対抗できるのは貴族のみ、しかし当てにしていた母親の実家はすでに無い。派閥の解体が決まってすぐに母親の実家の男爵家も爵位はく奪の憂き目にあっていた。

 男爵家の女達は修道院へ息子は強制労働を課せられ労働施設へ、当主はいったい何の理由でか、投獄された。

 難を逃れたのは随分前に爵位を返上し、平民の身分になっていた当主の妹である女の母親だけだった。


 もう頼れるものはいない、最後の綱として店主がとった手は女の嫁ぎ先へ泣きつくことだった。店を救ってほしい、いや最悪店がだめだとしても娘だけでも貴族の庇護が受けられれば、男爵家の後ろ盾も、王都の大店の娘としての資産も無い状態の今では貴族への輿入れも難しだろう、しかしこのまま店も資産も接収されれば自分たちは路頭に迷う。路頭に迷った若い女の行く末などたかが知れている。自分達はともかく、娘までもがそんな目に合うなど親として許せない。幸い女は貴族の当主からも覚えがよく、貴族の息子と女は政略結婚であるというのに非常に仲睦まじかった。無下にされる事は無かろう。

他の店に修行に出していた息子たちは離縁状を出せば処罰は軽くなるだろう、後は娘さえ安全ならば、自分たちも王都で手広く商売ができなくとも田舎で細々と生きていくことはできるはずだ。それが店主の、女の父親の考えだった。


 貴族は店主の懇願をたたき切った。


 店主の読みが甘かったのだ。

 貴族からすれば潰れかけた商家の娘一人、助ける理由など何一つなかった。さらに派閥に関わっているという嫌疑をかけられているならなおさらだ。降りかかる火の粉は払う物。

 貴族が婚約していた娘ごと店を払ったのはある意味当然の事だった。


 さらにもう一つ甘かったものがある。貴族である男爵家でさえ当主は投獄されているのだ。一介の商家である女の家が資産の接収だけで済むはずが無かった。


 資産は土地や店はもちろん、母親の装飾品から子供たちの幼い頃に使っていた玩具さえも取り上げられ店主は投獄の後処刑、その妻は処刑は免れたが同じく投獄され店主が処刑されたその数日後自決した。

 息子たちも資産の一部をないしは殆どを没収された、まだ未婚のであった女については資産の一部として接収され―


 売りに出された。



 そして、女は今ここで息をひそめ機を待っていた。

 人を見て、その流れを見て、自分の方へ向いた時にそれを掴みとる。最後には読みを誤って処刑されてしまった父だが、機を読むのは上手かった。たった一人で小さな万屋を王都の一流店にのし上げただけの事はある。

 残念ながらその才は娘にはあまり受け継がれなかったがそれでもそれは父からもらったものの中で唯一手元に残った物だった。女は機を待っていた。


 そしてそれは唐突にやってきた。


 自身を縛る楔のついた糸が外れるように、一瞬にして身が軽くなったことを自覚した彼女は隣にある熱源を探り、ある言葉を口にした。


 それもまた女が母からもらい唯一手元に残った物の一つだった。

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