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7.ある下級神官の話

奴隷について言及しています、注意。

 ずんずんと洞窟の中を歩く神官の足音は荒かった。神官の足荒くさせているのは何も卸したてのブーツを汚す洞窟の地面だけではない。大切な儀式を中断してもはや半日たつ。儀式を始めたのは早朝からだったので、外ではもう日が暮れかけているだろう。儀式の開始自体は早朝だがそのための準備には時間がかかる、神官自身も昨日は遅い時間まで作業をしたのでようやく睡眠を取れたのは夜半を過ぎてからだった。そんなこともあり満足に睡眠も取れていない神官の疲労はピークに来ていた。


 何よりも神官を苛立たせているのはあの男のことだった。選ばれたあの男。あの男が直前に逃げ出したせいで未だ儀式が再開できないでいる。

 洞窟の奥に逃げ込んでしまったが明かりも無く洞窟の奥へと逃げては迷うだけだろう。

 なにせ洞窟の中を居住地として据えている神官たちでさえ洞窟の奥については不案内だ。上級神官たちなら洞窟奥までの地図を持っているかもしれないが奥に行ったとしても何があるわけではない。洞窟に神官たちの居住区にある以外の出口が無いのであればほうって置いて困るものでもない。なにせこの洞窟はその特異性から動物はおろか虫さえも住み着かない。


 そのため多少の不便と気味の悪ささえ気にしなければ王都を追われた神官たちが住み着くには調度よい物件だったのだ。


 そして何よりもここにはあれ(・・)がいる。動物や近郊にある村の者さえこの洞窟に近づかないのはひとえにあれ(・・)がここにいるせいだ。しかしあれ(・・)を直接見たものはいない。あれ(・・)を直接見たものには皆等しく死を与えられるからだ。だからここにあれ(・・)がここにいることを証明できるものはいない。

 しかし古い伝承、人々の噂、呪い師の予言によって導かれたこの地には、確かにあれ(・・)がいると推測するにたる土地であった。神官自身もここにたどり着くまでは半信半疑であったがこの土地に来たとたんに感じた圧力(プレッシャー)、なによりも驚いたのがあれ(・・)がこれほどの圧力(プレッシャー)を放っているにもかかわらず過去の人々によって封印され長い間休眠状態にあるということである。あまりにもの圧力(プレッシャー)に上級神官達が総出で封印をかけなおしてようやっと人心地つける事が出来ようになったのだ。

 そして神官たちはこの洞窟に居を構え少なくない時間をつぎ込みあれの休眠を解く方法を模索していたのだった。


 そしてついにそのための儀式を始めたとたん、あの男は我が身かわいさに我等を裏切り逃げ出したのだ!


 逃げ出した男を捜すために駆り出された神官たちは血眼で洞窟内を探し回ったが今に至るまで発見の報は届いていない。

 この儀式のためにあれ(・・)にかけていた封印の幾つかはもう解いてある。もはや後戻りは出来ない。

このままではあの男の代役を我ら神官の中から選ぶことになる。もしくは下級神官の中からは奴隷を使う意見も出ていた。

 神官としては自分達の中から代役を立てることは勿論、奴隷を使うのもさえ反対であった。それは奴隷では男の代役にはふさわしくないというのもあるが、単純に共にまだ男の替わりにされるだろう奴隷の味を、神官自身が味わっていないという欲望からくるものであった。


 基本的に神に仕えるものは清らかであれと説かれるが、奴隷は人間ではない。人間ではないもので行う性行為はただの自慰行為であり、姦通の罪にはあたらない。

 まともな倫理観をもつ者からしたら眉を顰める理論なのだが以外にこれを信じている神官は多い。特にこの洞窟で世俗と切り離された生活をしている神官たちのほとんどはそれに属していた。そのため彼らが飼っている奴隷は全て女であったがこの洞窟で暮らしていると徐々に彼女達の精神はゆがみ始める。


 あれ(・・)が放つ圧力(プレッシャー)に神に仕えるものとしての修練をしていない者にとっては封印をほどこしてもなおわずかにもれる圧力(プレッシャー)でさえ抗う事のできないものなのだ。通常なら麻薬なりなんなりで、頭の可笑しくなった者達をおとなしくさせることも出来るのだがそれも度を越えると処分するしかない。

 そんな理由のため基本的に奴隷は足りていないし、更に来たばかりで頭のねじがまだ飛んでいない貴重な奴隷は、まだ下級神官まで回ってきていないのだ。


 そういった下卑た理由から、神官は男のかわりに奴隷を使うのを反対しているのだがこのまま逃げた男が見つからなければ代役を担うことになるのは神官か奴隷かのどちらかだ。神官は誰が選ばれるかはまだ分からないが下級神官から選ばれるのは目に見えている、さすがに奴隷の変わりに自分を差し出す気は神官にはないので選択を突きつけられれば彼も男の代わりに奴隷を使うことに反対はできない。そして奴隷を使うことになれば選ばれるのはまだ頭のおかしくなっていない新しいあの奴隷であることは目に見えている。このままだと男の替わりに奴隷が使われるのは時間の問題だ、儀式で使うからといって清らかでなればいけない事はないのだ、それなら今の内に当ても無く男を捜すより自分が奴隷を使って楽しんだほうがよっぽど有意義な時間と奴隷の使い方だろう。

 そう考えると荒立った気持ちが嘘のように引いてゆく、神官は足取りも軽く洞窟の奥へ向かってきた方へ引き返し始めた。


 神官が洞窟内を居住区へ向かって歩を進めているとその場所に差し掛かった。そこは禊と祈りのために神官たちが作った人工の淵だった。

 元は地下水が小さなため池を作るぐらいのものだったのだが神官たちが来た際にヒカリゴケと池のコントラストに感銘を受けそこに祭壇と淵を作る事にしたのだ。もちろん見た目が良かっただけではなくヒカリゴケは魔力と水気を吸収して光に変換させるので大量にヒカリゴケが自生しているこの場所自体が自分達が祈りをささげるのに適してたという理由もある。そんな神官たちにとって神聖な場所も今日の儀式の禊のために使うはずだったのだが、肝心の男が逃げてしまったためここには今は誰もいないはずだ―


 神官は何気なく祭壇の方へ視線を向けるとそこに何か見覚えの無いものが目に入った。洞窟の中は光が一切無いため居住区でない場所を移動するには明かりが必須だ、勿論神官も手にたいまつを持って移動している。だが、この水の祭壇室には壁一面にヒカリゴケが生えているため真の暗闇では無い。そんな幽かな光を放つ部屋の中何かが光を反射して光っている。


 神官はそれを見つめながら首をひねった。この洞窟内には金属で出来たものなど儀式か礼拝で使う神具しか存在しない。しかし、こんなむき出しの地面の上に神具を置き忘れていくようなことなどあるだろうか、しかも今日は大事な儀式がある日だ。

 見た所祭壇室には誰の姿も見えない。だがいくらヒカリゴケが生えていても広い祭壇室の全てを見通せるわけではない。


 「誰かいるのか?!」


 神官は念のためを思い祭壇室に誰何の声を上げる。この祭壇室は男が逃げ出した場所よりも神官たちの居住区、ひいては洞窟の出口に近いため最初の段階で探索を行っていたはずだが、神官たちの目をくぐってここに隠れている可能性も無いではない。


 「今おとなしく出てくれば、まだ上級神官たちも赦してくれよう!早く出て来い!」


 念のためにたいまつで照らしながら祭壇室の中に入る、祭壇室の淵の手前までは誰も隠れてはいない事を確認する。もしこの光の届く場所にいないようなら後は水の中に隠れる場所は無い、もしそうなら水音で直ぐに分かるし、気温の低い洞窟内でそう長い間水に浸かって動かないでいられるはすも無かった。


 神官はそう考えると祭壇室には誰もいないと判断し、地面に放置されている光を反射するものに近寄った。


 「なんだこれは」


 それは四角い板だった。触れると金属特有の冷たさを感じる。神官の持つたいまつに照らされたそれは温かみのある白い長方形をしていおり2枚の板を重ね合わせたような形をしていた。その2枚の板を開こうと手に持っていたたいまつを床におろした時それは後頭部を襲った。


 「がっ!なっなんだ!?」


 思いもしない衝撃に腰を落としていた神官はおもわず地面に手を突き、地面との衝突を回避した。後頭部から鼻まで抜けるような鈍痛に背後にいた何者かに頭を殴られたとようやく思い至った。

 しかし神官があわてて振り返るがそこには誰もいない。


 「小僧か!?何処にいる!?」


 神官があたりを見回してもたいまつの光が届く所には動くものは見つけられない。神官はあたりを警戒しながらたいまつを拾い上げようと頭を下げた瞬間、小動物程度の大きさの物が顔に向かって飛んでくるのを視界の端に捕らえた。神官がその投擲物の射線から顔を背けることに成功した瞬間、見えたのは投擲物が自分で(・・・)射線を変更して自分の顔に迫る姿だった。

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