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64.不覚

 私がセラに頼んだ事は一つ、『肉体吸収』でくりぬいて改造した小部屋でひたすら待つこと。

 二つ、小部屋に私以外の誰かが来れば小部屋に繋がる隠し通路の入り口を教える事。

 三つ、隠し通路から部屋に入ってきた者に壷を被せる事。


 小部屋は通路から一段高く作ってあるのでドアを開けると部屋から通路側は見下ろす形になる。それだけだと体の小さなセラにはまだ足りなかったのでついでに倉庫に転がっていた木箱を部屋に不自然にならないように転がしておく、これでセラでも部屋に入って来たところに頭上から壷をかぶせることが出来る。隠し通路を通るならその前に壁の隙間から部屋の中を確認するだろうし、部屋の中は鎖に繋がれた無力な少女一人だけで、しかも部屋に見える扉は鎖の反対側に配置されている。実際は鎖と首に巻いた布は超結びでとめているだけなので一方を引っ張れば簡単に外れる、侵入者は油断した所を自由になったセラに壷で襲われるのである。

 壷の中には上級神官たちが使っていた香に火をつけて放り込んでおいた。

 この香の効果は実際に(ミコト)が体験したとおりである。『羊飼い』が使った香と神官達が使っていた香が同じものであるかは『観察・考察』で確認済みだ。

 相手がオートマタで無い生身に相手なら有効だろう。


 通路途中の崩落罠で『羊飼い』達を削る・もしくは分断するつもりであったのでここまでたどり着けるのは少数だろうとは思うがもしオートマタが来た場合、もしくは大人数が来た場合なんかもうとにかく身の危険を感じた場合は脱出路からすぐさま逃げ出すように言い含めてある。


◇◇◇


 セラは狼男の頭に香の入った壷を落とすとすぐさま後ろを振り返り木箱の影で扉と壁の隙間からは死角になっている目的地に飛び降りた。

 ナイフで大きくバッテンを描かれていたその床は飛び降りたセラの体重を受け止めきれず足を付いたそばから崩れ落ちる。バッテン床はセラが乗ると壊れる程度厚さを残して掘り抜いた落とし穴になっていたのだ。落とし穴の先には荷車が待っていた。荷車は寝そべるように身を低くしたセラを乗せると穴から続く狭い通路を一目散に滑走していく。


 小さな荷車がようやく通れるぐらいの穴では大人の体ではまともに追いかけることも出来ないだろう。

 しかし狼男ならば別だ、もし狼男が半獣からすぐさま犬の体になって穴にもぐれば整地されていない穴を走る車輪などすぐに追いつかれてしまうだろう。

 なので落とし穴に荷車と一緒に隠れていた(ソウルイーター) はすぐさま飛び出しまだ狼男が壷を頭からかぶってもがいている間―犬の頭部がうまい具合に壷に引っかかり外れないらしい―に『肉体吸収』で床を崩し落とし穴を埋めていく。

 落とし穴が終われば次は床に逆さに並べてある壷を40型円形蛍光灯アタックでぶちまけていく。壷の中身は狼男にかぶせたものと同じ火の着いた香を突っ込んでいるので私がツボを割るたびに吐き気を模様すような甘い臭いが部屋の中に充満してく。

 後は部屋の入り口を崩落罠と同じ要領で落とせばお終いだ、下準備は済ませてあるので私が

やる事はもうあと一押しだけだ。


 がしゃん、と陶器の様な固いものが床に打ち付けられる音がした。


 私が壷を壊した音ではない。私は部屋の入り口へ向かって空中を飛行していた所だった。射線上には私が跳ね飛ばして壊れるようなものは何一つない。

 

 私の背後、部屋の中央で起こった物音に私が振り向こうとしたその瞬間、何者かの掌が私の体を掴んだ。

 分厚く固い大きな掌、しかしその無骨な手の皮の感触とは裏腹に細く伸びた指先は以外に優美なフォルムを描いていた。


 肌色の人の手。


 肌色の手の持ち主が声を発する。耳慣れない独特の発音、魔法の設計図。


 「雷よ!」


 ソウルイーターの体に魔法が注がれたその瞬間私が思ったのは意外と綺麗な声だなという凡庸な感想だった。

 



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