60.『犬』に出来ること
ごめんなさい。間に合いませんでした。次の話を投稿するまでに追加しておきます。
12/22追記しました。
洞窟の中は次第に狭い通路になっていった。
人が並んで歩くのもやっとの幅は一般的な人間より大きな『犬』やオートマタには壁にぶつからずに歩けるぎりぎりの幅だった。
おかしい。
ここに来て『犬』はようやっとそれに気が付いた。ここまで来るのにずっと一本道だったというのにここまで道幅が狭くては外の地面に跡を付けたような馬車や大きな荷車は洞窟の中に入れないことになる。
『犬』は左右の壁に着いた明かりに視線をやった。
適度に間を持って置かれた青白い小さな明かりは静かに洞窟の床を照らしている。奴隷商はランタンを手に持っているがそれだって大した明るさではない。
もし木の板か何かで道行を塞がれていたら?その板が土で汚され隠ぺいされていたら?いやそもそも土魔法が使えるのなら魔法で凹凸のある土壁を作れば済む話だ。
もしそんなものがあれば足元だけを照らすこの明かりでは用意に見つけられなかったかもしれない、いやそもそも壁を見つけづらいようにこの明かりは置かれていたのでは?わざわざ侵入者がいるのに明かりがついているのだ、そう考えたほうが正しいだろう。
『犬』が奴隷商に引き返すことを進言しようとした時―天井が崩落した。
崩落が起きたのは丁度『犬』とオートマタの間、奴隷商の真上であった。『犬』は前を歩いていた奴隷と奴隷商を選び、奴隷と奴隷の側についていた犬を抱えて前方に飛び出した。
『犬』が奴隷商を抱えて後方へと飛ぶより、オートマタが奴隷商を掴んで後ろへ逃げた方が早い。なんならばオートマタの体躯ならば崩落した天井から奴隷商をかばうこともできるだろう。
心配なのは必ずオートマタに助けられるだろう自分の主よりオートマタの後ろを歩いていたもう一組の犬と奴隷の方である。オートマタは主人を安全を第一に設定されているが、それ以外は主人が指定をしなければ守護範囲には入らない。そして自分たちの主人は自分たちを守るような命令をオートマタに出すはずがない。『犬』は奴隷と犬をその腕に抱えたまま通路に落ちてきた土砂と巻き上がる土ぼこりが収まるのをひたすら待った。
狭い通路が完全に土砂で埋まるまで十分、そのころには視界をふさぐ砂の嵐もおさまっていた。『犬』は伏せていた体を起こし土砂の山に近づき、通路をふさぐ土砂をまじまじと観察した。天井付近までつみあがった土砂は大きな岩も含まれており、手で土砂を掻き分けて反対側まで掘り抜くのは容易ではないだろう。重く固められたまま通路をふさぐ土の塊はどう考えても自然に崩れたとは言えず、まるでケーキをナイフで切り裂いたかのような断面を晒していた。
この通路は横幅が1mも無い割に天井は3mと高かいがそれでも2mを超す『犬』とオートマタからすれば十分天井は近い場所にある。そんな近い天井へ『犬』は視線を投げる。
土砂が落ちた天井は通常なら大きな穴が開いているものだと思うのだが今『犬』の視線の先にある天井は通路をふさぐ土砂とほとんど同じ大きさの穴しか開いていない。まるでもともとそこにはめてあった煉瓦が外れて落ちてきただけ、そんな円形の穴が天井には開いていた。
どう考えても自然に崩落した訳はなく、おそらくこれはあのハーフエルフのせいだろう。
だとすればやはり、魔法でこの土砂を落したと考えるのが妥当だ。
魔法は万能ではない、魔法を使うのならば必ず使用者が近くにいなければならない。つまり今あのハーフエルフはこの土砂であわてふためく自分たちのすぐそばにいるはずなのだ。
『犬』は呼吸を止め、精神を集中させ人狼の全感覚を研ぎ澄まさせた。崩落した天井の奥、土砂の反対側、通路の先…
『犬』は閉じていた目を開き、体から土ぼこりを払っていた犬に同じく土ぼこりを払っていた奴隷を任せると通路の奥へ駈け出した。
通路を進むとすぐに壁際に設置されていた明かりの魔道具は無くなった。あの崩落で『犬』たちを全滅させるつもりだったのか、戦力を分断させるつもりだったのかは不明だが『犬』たちを誘導するためのものであったのは間違いないだろう。自分達のためだけに随分と豪勢な事だがそれだけ相手の物量に余裕があるということだろう。でなければ洞窟の天井を落とせるような魔道具を普通のハーフエルフが持ち合わせているわけが無い。
もしあれだけの崩落を爆薬で起こせば『犬』の鼻に火薬の類が引っかからないはずが無い。『犬』がそれに気がつかなかったのならばそれは魔法で行われたことであり、魔法を使うものが側にいないのならばそれは遠隔で魔法を発動させることが出来る魔道具が使われたと見るのが正しい判断だ。天井を丸ごと落とすことの出来る魔道具、そんなものが本当にあるのかどうか『犬』は知らない。
しかし落ちた天井があった付近に人の気配は無く、崩落だけが起きたのは事実であり、『犬』たちが相手にしている者は離れた場所においてそれだけの事を出来る、もしくは出来る準備のある相手であることだ。
そんな相手を前に『犬』に出来ることは少ない。可及的速やかにあのハーフエルフを見つけ無効化することだけだ。




