59.血と肉の燃えた跡の臭い
準備が終わってようやっと一息つけた私は、今更ながら私がハーフエルフだと勘違いされていることに偽祭壇室の『羊飼い』達の会話を聞いて気が付いた。
因みに今私は祭壇の飾りに偽装している。この世界の人間には円形蛍光灯なんて知らないので素知らぬ顔で祭壇の側面に張り付いていても全く気付かれなかった。但し、注視もしてもらえないので『精神支配』もかけられないが。
そういえばオートマタに捕まった時も『羊飼い』がエルフだから売れるだのと言っていたような気がする。
あの時は何とか逃げねばと慌てていたのと胃からソウルイーターを吐き戻していた最中だったので『羊飼い』の言葉に注意を払っている場合ではなかったがこの男、人さらいでもあったようだ。なぜ『羊飼い』に私が偽神官だとばれたのかと思っていたが、エルフは神官になれないとかそういうことだったのだろうか?だとすると今後、神官の格好をしていても見た目ですぐにばれてしまうかもしれない。丈もくるぶしまであってちょっと羽織るのにちょうどいいと思って着たのだが今後あのローブを着るのはやめよう。
まぁそれはともかく問題はあの犬だ。犬というか犬人というか狼男というか、確かに巨大な犬だったけど2足歩行になって更に体がでかくなっている気がする。私なんて『肉体運用』しても体積変わらないのに、なんかずるい。
正直あの隠し壁扉を一人で開けられるとは思いもしなかった。閉めるのに私と私とセラで10分以上かかったというのに。
狼男なら鼻も効くだろうから火責めも難しい、というか神官達に使った手は人手が足りないので今は基本的にどれも無理だ。やはり、狼男とオートマタが厄介なのでなるべく分断させて各個撃破していきたいところではある。
◇◇◇
開いた扉の先は整えられた祭壇室とは違いむき出しの岩肌が続く天然の洞窟。
いや、天然の洞窟だった。が正しいのだろう、凹凸の有る天井や壁はそのままだが床だけは―恐らく車輪で通りやすいように―平らにならされている。そして壁際の床には転々と明かりが奥へと続いている。
「なんだこれは…?魔道具か…?」
壁際の床には青白い光を放つ円柱形が等間隔で並べられていた。
「聞いたことがあるぞ、今でこそエルフの国は森の奥に引きこもる宗教国家だがその昔はあらゆる魔法の英知を集めた大帝国だったらしい…だとするとあのハーフエルフは大帝国の生き残りか何かなのか…?」
自分の後ろでぶつぶつとつぶやく奴隷商を無視しながら『犬』は洞窟の奥へと進んでいく。奴隷たちはもう『犬』に近づかれてもおびえるだけなので今は普通の犬を横につけている。
その犬にすらも奴隷はおびえている風だがもし罠でもあれば奴隷だけでは気付くことも回避することも出来まい。
「だとすると神官たちはあのハーフエルフの所為でここを追い出されたのかもしないな…」
『犬』は奴隷商と同じ意見を数十分前の考えた自分に胸中で舌打ちをした。
洞窟の足元の設置されている魔道具は随分な数があるがいくら何でも明かりの魔道具だけで神官たちをどうにかできる訳でもあるまい。大体この魔道具自体神官たちの持ち物であった可能性すらあるのだ。
都の上級神官は貴族が中心だということはいくら世論に疎い『犬』でも知っている。
(これでそもそもの奴隷商の推測自体が間違っていて普通にあのハーフエルフが神官たちの仲間だったりした日には目も当てられないな)
とは思っても流石にここまでくれば『犬』にも奴隷商の推測がそれほど間違ってい無かったことぐらいはわかる。
人狼は本来の姿が一番生物としての機能が強い、人よりも犬よりも何倍もするどい人狼の嗅覚が『犬』に伝えてくる。わずかな人の匂い、馬の匂い、そして幽かに残る土や木材、人の血肉のこげた匂い、多くの人間が死んだ匂い。
人としていくら問題があろうが、奴隷商として危ない橋を渡ってこれたのはやはり感がいいからだ。
もうここに神官たちはいない、恐らく殆どの者は死んだ。
そして本当にそれをあのハーフエルフがやったのだとしたら。
(化け物だな)
いや、まさかと『犬』は笑った。いくらか引きつった笑いであったが。




