表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/74

6.探索と迷子のちの水浴び(挿絵有)

11/5挿絵追加しました

 ソウルイーターの体の変形を諦めた私は、まじまじと死体(暫定)の状態を見下ろした。縦穴から落ちたり壁を這ってよじ登ったり、見えない壁を壊すのに指先を犠牲にしたため体の手足に細かな傷があるがそれ以外はいたって健康体だ。指先の裂傷もじんわり血がにじんでいる程度で命に関わるものではない。指先なので地味に痛いが。それよりも何よりも。


 私は口で大きく息を吸い鼻の奥にこびりつく不快な空気を押しやる。そんなもので全身に張り付く異臭には何の抵抗にもなりはしないが。

 私が死体(暫定)の魂の代わりになるまでこの体はあらゆる(・・・・)体液を垂れ流していたのでいたのである。今ではその体液はすっかり乾き全身から放つ異臭の源になっている。泥にもまみれているので泥臭さが合わさってさらにえもいわれぬ臭さだ。

 ソウルイーターの体には主な感覚器官が視覚と聴覚しか無いようで気がつかなかったが、死体(暫定)で行動するうちに嗅覚を強烈に刺激する不快感が自分を発生源にしていることについさっきようやっと気づいたのだ。


 体も泥でざらざらするので出来れば早急に体を洗いたい。指先の裂傷も泥まみれのままではあまり良くないだろう。この洞窟を出て人里でお風呂等を借りるのが一番堅実だがこの姿のままで人前に出ることに衛生にことさら強いこだわりを持つ国の常識を持ちあわせている私としてはごめんこうむりたい。できるなら人前に姿をさらす前に水場で軽く洗いたい。ならば川か何かを探したほうがいいだろう。こんないかにもな洞窟なら観光地にでもなっていない限りは外は人里離れた場所だと思う。ついでに言えば洞窟内の湿り具合から外は砂漠地帯のような乾いた場所ではなく自然豊かな場所だろう。ならば川などの水場も近くにあるかもしれない。もちろんこの予想が全て自分に都合の良い、希望的観測であることはわかっているがそう思い込んで行動したほうが足も心も軽い。

 とりあえずはこの洞窟を出る所からはじめなくてはいけない。この洞窟がどれぐらいの深さで私が今どのあたりにいるのかすら不明だが軽装備の死体(暫定)がたいした怪我も無く入り込める場所であるなら外までの道のりもそう遠くは無いはずだ。

 そう結論づけると私は洞窟の暗闇の中へ足を踏み出して行った。


 迷った。


 甘かった。マッピングする道具などは無いが『観察・考察』を定期的に使っているので同じ場所をぐるぐる回ったりはしていないはずだが、私が想定していた以上に洞窟は深く入り組んでいたのだ。足元が土でやわらかく凹凸がない道なのでそこまで歩くのは難しくは無いがこのまま洞窟の中をさまよえばいずれ衰弱して倒れてしまうだろう。そうなってしまったらそうなってしまったで死体(暫定)をおいてソウルイーターの体でまた出口を探すことも出来るがさすがにここまで死体(暫定)を利用しておいて放置していくのは後ろめたい。なるべく死体(暫定)の体力が持つ間に出口なり何なりを見つけたいのだが―


 私はふと足を止めて空気の匂いを嗅いだ。ちなみに自分の異臭にはもう慣れてしまって自分では分からなくなってきている。それとはまた別に洞窟内の空気の匂いが変わったような気がしたのだ。

 ゆっくりと匂いが変わった方向へゆっくりと移動する。段々と近づくにつれ匂いの正体に気がついてきた。自然と喉が鳴る。何時間も飲まず食わずだったのだから当たり前だ。


 私が洞窟の壁を曲がったそこには透明度の高い水で周りを囲った祭壇があった。


 小ホール程度の広さの空間にその半分程度を埋める程に水が湛えられている。水辺の端はタイルで補強されていてまさにプールか噴水のような外観になっている。そしてそのプールの調度真ん中あたりに石造りの台座と台座の上は小さな祭壇、祭壇の奥にひらひらとした布をまとった人物が槍を振り上げている像がすえられていた。プールホールの壁にはヒカリゴケのような物が張り付きホール全体をぼんやりと照らしている。


 私はふらふらとそのプールに近づき水底を覗き込んだ。そこまで深くはなさそうな水底にプール端のタイルと同じものが敷き詰められている。水の透明度は高く、特におかしな匂いもしなかったが一応念のため水面に向かって『観察・考察』を発動させてみる。


水:儀式的に体を清めるために使用されている。水源は地中から湧き出る清水。


 地下水ならきっと飲用に足る水だろう、というかもはや大量の水を前にして我慢が出来なかった。 魂を首に引っかけていたソウルイーターの体から死体(暫定)の方に移すと、ゆっくりと水に手を差し込んだ、冷えた水が掌の皮膚を通して体に染み込んでくる。手を入れているあたりの水が泥やらで濁っていくのに若干引きながらもう片方の手も水の中に入れて洗い、濁った場所から少し離れた、まだ綺麗な水を掬い口に含んだ。口の中に水が染み渡ると同時に私は頭を水に突っ込むかのように水を飲み続けた。緊張と疲労で鈍くなっていた喉の渇きが一口の水で呼び水になって押し寄せてきたのだった。


 気がつけば私はプールの真ん中でぷかぷかと浮かびながら放心していた。


 全身を包む水の感触が体温を奪っていくがそれ以上に体に張り付いた不快感が水で洗い流されている事への開放感には敵わない。もうここまできたら同じだと私は着ていた服を脱いで全身を水の中に沈み込ませた。ヒカリゴケのようなものはプールの側面のタイルの貼られていない壁にも張り付いており水の中のから見上げるホールの景色は暗い中に瞬くヒカリゴケの光が水面に揺らめいて幻想的でこの世のものとは思えなかった。いつまでも眺めていたかったが死体(暫定)の息が苦しくなったので一旦水面に顔を出す。


 染み込んだ泥汚れは水で洗っただけでは落ちないだろうがせめて軽く洗おうと水底に沈んでいた衣類を手に取るとそれは聞こえてきた。


 いや、聞こえてきたというのは正しくない。正しくないがそう表現するのが一番近い。

 それはソウルイーターとしての独自の感覚器官、魂の聲を聞いた感覚だった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ