58.ある犬の話4
投稿したと思ったのに確定押せてなかったみたいです、すみません。
12/18 巨大犬と普通の犬の区別が付きにくいので巨大犬は『犬』表記にしました
森の中唐突に現れる崖と言ってもいい様な急斜面、その麓にその祠はあった。祠、正直朽ちた祠は洞窟と大差ない。
土の中に現れた洞だ。
祠の入り口は植物で熱心に隠されてはいるがそこに至るまでの道に車輪の跡が付いていては意味がない。少なく見積もっても十人以上の神官がこの洞窟に住みついていたならば食料を調達するのにも馬でソリなり荷車なりをつかうだろう、そういった跡が洞窟から森の奥へ一本の道を作っていた。
一番新しい後は小型の荷車の往復の跡だった。恐らく、いや確実にあのハーフエルフが通った後だろう。行きの跡のには足跡があり、帰りには無い。
勝手に走り出す荷車といいオートマタの件といいあの神官もどきは唯のハーフエルフではないと思ったほうがいいだろう。もしかしたらこの地に神官たちがいなくなったのもあのハーフエルフの所為なのかもしれない。
入り口で待つ事暫し、やがて無事だった犬達が奴隷商とオートマタを引き連れて現れた。
奴隷商は目にガーゼを当ててその上から包帯をぐるぐる巻きにしている。粗方の怒気は去ったらしく足取りが荒々しい以外は落ち着いている。オートマタの後ろから奴隷が二人付いて歩いていることに『犬』は気がついた。片方は口元を切り、もう片方は腕に力強く握り締められたようなうっ血の跡がある。
「ここがあのハーフエルフがいるのか」
奴隷商が祠に垂れ下がっている蔦を払いながら奥を覗き込んだ。
明かりなど無い祠の奥は暗いが、奴隷商の持ってきたランプの明かりは奥までかろうじて届いている。
奴隷商は奴隷の一人を先に歩かせた。炭鉱のオカリナ。非人道的ではあるが、危険度の分からない道の場所を歩くのには適した方法では有る。
まあこの先は一度奴隷商たちが来る前に一度『犬』が見て回ったので特に危険なものは無いのだが。
びくびくと歩く奴隷に『犬』はそっと寄り添った。側を歩く暖かい毛皮の存在に奴隷の足取りが安定する。奴隷商はふんと鼻を鳴らしただけで何も言わなかった。
祠の終点は廊下より若干広い空間に祭壇があるだけだった。形の崩れた小さな祭壇は空間の広さにしては寸足らずで、岩肌ではなく綺麗に整えられた直角の壁と何も無いぽっかりとした空間が空虚な雰囲気をかもし出している。
「おい、本当にここなのか何も無いぞ」
奴隷商が語気荒く『犬』に問いかけるが『犬』は気にした風も無くてくてくと歩き祭壇部屋の何も無い壁に前足を添えた。
奴隷商はその壁に近づくと壁を叩く、そしてまた別の方向の壁も叩き部屋を一周して戻ってきた。
「確かにこの奥に空洞があるようだ、何処かに開閉するための仕掛けがあるんだろうが面倒だな」
奴隷商はそうやって『犬』を見た。
『犬』は奴隷商に聞こえない程度のため息を吐き-『犬』の形が変わった。
「っ!」
奴隷が声にならない悲鳴を上げた。
変化というにはあまりにも唐突に、その姿は人型へと変化した。『犬』は四足から手足へと変わった四肢を伸ばし立ち上がる。
全身は黒とも灰とも言いようの無い毛皮に覆われ足は『犬』のままに体をその2本で支えられるようより太く巨大に、腰から首まではバランスを崩した人を模しし、首のより上は頭蓋の大きさは人のそれなれどその顔の造詣は鼻口が大きく伸びた猟『犬』の形をしている。荒く息を吐く口の置くから人にしても『犬』にしても強大な牙が覗いている。
それは人形というには歪で、獣と言うには不気味な姿。
『犬』はその人にしては長すぎる腕を伸ばし、人には到底ありえない指先に生えそろう鋭く硬い爪を壁と壁の隙間につきたてた。『犬』の筋肉が盛り上がる。そのまま一方向へ全身の筋肉を使い引き始めた。おそよ一人の力では到底あけることの出来なさそうな壁はゆっくりと引かれた方向へと移動していく。
―これこそが『犬』の―人狼という種族の本来の姿、本来の力。人であり、また獣であり、それ以上の存在。
さっきまで横に寄り添っていた奴隷が壁を引く轟音の中、しりもちを着くのが視界の片隅に見えた。『犬』の姿におびえ後ずさり、足をもつれさせたのだ。もう一人の奴隷も手で口を覆い恐怖に目を見開いている。
―しかし、獣にも人にもなれはしない。それが人狼。
『犬』はこの姿が嫌いだった。




