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54.ある犬の話3

12/14ちょっと次の話と統合性が取れないので犬の立ち位置を少し訂正しました。

12/18 巨大犬と普通の犬の区別が付きにくいので巨大犬は『犬』表記にしました

 夏の盛りが終わる頃というのは驚くほど日が落ちるのが早い。

 東の空が夜の気配が訪れる頃、『犬』と神官姿のハーフエルフは森の中を歩いていた。


 足場の悪い森の中、巨大な『犬』はその身の大きさを物ともせずにすいすいと道なき道を進んでいく。その後ろをハーフエルフはえっちらおっちら付いてくる。

 エルフの癖に森の中を歩くのに慣れていないのかと『犬』は思ったが、荷車を押しながらなのだからそれも無理は無い。むしろこんな森でよく『犬』に引き離されずに進んでいるものだ、ハーフエルフが遅れそうになれば『犬』は暫し立ち止まって付いてくるのをまっているのだが、それでも車輪の付いた荷車は平坦な道を歩くのに適したものだ。舗装されていない田舎道ぐらいなら問題は無かろうがここは木々が密集しあちらこちらに根がむき出しになっている。木々の間を通り抜けられるように多少小さい荷車を持ってきたようだがそれでも進みづらい事には変わりは無いだろう。


 そうやって森の中を歩く事暫し、空の半分がすっかり夜の色へと移り変わった頃、そこへたどり着いた。


 『犬』とハーフエルフが進んできた方角を覗き、3方を麻布で囲った空間。焚き火がぱちぱちと爆ぜ、橙色を周囲の布に投げかけている。その焚き火の向こう側に奴隷商は待っていた。

 奴隷商の隣にはずんぐりとした塊が置かれ布を掛けられている。


 「お待ちしておりました」

 見事な貼り付けた笑顔で『羊飼い』が笑う。


 「森の中荷車を運んでくるのは大変だったでしょう。これの説明もしたいのでどうぞおかけください」

 奴隷商はこれと言って隣にある布を被った塊を指した。ずんぐりむっくりとした布包みはその内側に人間がしゃがんだような形に歪んでいた。

 というか実際にしゃがんでいるのだろう。あれを邪魔だという理由で馬車の中に立たせておいて倒れさせたことはまだ記憶に新しい。

 生き物の形を模していても自分でバランスをとらないものはああも簡単に倒れるのだということを『犬』はその時身を持って知った。あれが倒れたときに一番近くにいた奴隷をかばったのだ。さらにその後商品を粗末に扱ったことで奴隷商にずい分罰せられた。それを邪魔だと言ったのは奴隷商本人なのに踏んだり蹴ったりだ。


 ハーフエルフが荷車を横に置き奴隷商の向かいに座ると布の奥から女が二人出てくる。片方は手ぶらだがもう片方が盆に茶器を乗せている。

 盆を持っている女は昼間川で神官姿のハーフエルフに見つかった女だ。

 あの時は神官姿の男に酷くおびえていたが今は顔色こそ悪いがそれほどではない。一体奴隷商に何を言われたのかきっと厳しい顔をしてハーフエルフを見つめている。睨みつけてると言ってもいいほどだ。

 女たちは火にかかっていた鍋からお湯をとるとお茶を入れ始めた。それを同じ器に同じ量そそぐと奴隷商がそのお茶を勧める。


 「昼間はまだ暑いですが、日が暮れると途端に寒くなりますな。どうぞ、このあたりでとれる茶葉ですが中々いけますよ」

 そう言って奴隷商が片方の湯飲みを無造作に手に取ると一口飲んだを見届けてからハーフエルフもお茶の匂いを嗅いでからずずずっと啜った。あまり行儀は良くない。

 「変わった匂いのお茶ですね」

 「そうなんですよ、でも慣れると癖になりましてね。味は匂いほど癖は無いので意外と飲みやすいのです。茶葉の種類は王都で普通に売られている物と同じなんですが土が違うのかこのあたりで育てますとね…


 ひときしり奴隷商がこの地方でとれる茶葉の薀蓄を垂れ流すとようやっと話は奴隷商の隣に置いてある商品に移った。女たちはすでに裏に引っ込んでいる。『犬』もじゃまにならないようゆっくりと奴隷商とハーフエルフの間から墨の報へと移動を始めた。


 「それではこちらがお約束の物になります。これを用意するのは骨が折れましたよ」

 そういって奴隷商が傍らのそれから布をはぎ取る。 


 「お約束のオーガベアの死体を素材に作った、オートマタです」


 それは身の丈2.5mはあろうかという巨大な剥製だった。

 オーガベアはオーガの種類で、数いるオーガの中でも最北限に生息し、体毛が濃い。濃いというよりもふさふさしているといった方が近い、何せ名前にベアが付くように熊の様に全身を毛が覆い雪の降りしきる中で見たものならイエティと見間違えるほどである。

 ついでに言えば、オーガの中でももっとも体の大きい種類なので、この2.5mはまだオーガベアの中では小さいほうである。


 「オートマタ…?」

 ぽつりと呟くハーフエルフに笑顔を崩さぬままに奴隷商はオートマタ(自動人形)の説明をする。

 「オートマタとはようするに魔力で動く人型の事です。リビングメイルやリビングドールの方がメジャーですがあれと基本は同じです。鎧や人形の替わりに生き物の体を使うのがオートマタです」

 「生き物の体…ですか?」

 「そこはゾンビやスケルトン等と似ていますね。ただしオートマタは死体や生物を加工して作りますのでもちろんこのオートマタも腐敗や腐食で劣化したりはしませんしもっと複雑な命令も出来ます」

 「なるほどつまりリビングメイルやドール、よりも魔力が通しやすく、ゾンビやスケルトンより使い勝手が良いということですね」

 「ご理解いただけて恐縮です」

 奴隷商はにっこりと笑顔を深めた。

 「しかし、不勉強で申し訳ないのですがこれは随分と値段が張るものではありませんか?」

 「ええ、私もこのオートマタを用意するには随分と手を尽くしましたのでそう安い値でお渡しするわけには商売人として出来ません、ですが大丈夫ですよ。対価として十分なものを貴方はお持ちです」


 「…?」


 ハーフエルフは何かに気付き、声を出そうとしたようだったがもう遅かった。

 細長い体が驚いて立ち上がろうとして―そのまま地面に倒れた。

 


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