51.隷属印
12/9間違えてた奴隷紋じゃなくて隷属印でした。
魔力の低い人間がすぐに私 の圧力に負けてしまうこの場所ではある程度魔力と魔力のコントロールに長けている神官達ならいざしらず、奴隷達は数年で頭をやられてしまっていたらしく、普通に暮らしていれば早々取引をすること等無い奴隷商人にとってここの神官達は良いお客だったらしい。
どうやら彼は私を洞窟の神官達と勘違いをしているようだ。確かにこの周辺には神官達以外の人間はおらずついでに言えば今私は上着代わりに神官のローブを羽織っている。間違えるのもさもありなん。
だからといって最後に『羊飼い』が来てまだ1年程度しかたっていないはずである。『精神支配』した神官の話では数年に一度奴隷を買っていたそうだからこんなに早いインターバルで『羊飼い』が現れるはずがないのだが・・・
「なぜこんな辺鄙なところに?まだ奴隷の取り換えには早いと思うのですが?」
「ああ、今回は奴隷では無いんですよ」
疑問符を浮かべる私に仮面のような完璧な笑顔を向けて『羊飼い』は言った。
「ウリヤス上級神官様に頼まれていた物がようやっと手に入りましたので」
胸の奥が一つ重音を体に響かせた。ウリヤス上級神官、ミコトをこの世界に呼び出して私 にその魂を喰わせた張本人。そして私 を意のままに操ろうとした人間。
「一体何を頼まれていたのですか?」
思わず口走った言葉に私は心中で罵声を吐いた。今いうべきことはそれじゃない。
「ウリヤス様が教えていらっしゃらないのならば私からお伝えすることは出来ません」
「しかし私はウリヤス様の部下ですよ」
「ならばなおの事ウリヤス様からお聞きください」
微動だにしない『羊飼い』の笑顔に歯噛みする。もう『羊飼い』からウリヤスが頼んだものを聞き出すことはできないだろう。
おそらくウリヤスが頼んでいたというのなら私 に関わるもののはずだ、それが一体何かは分からないがあのウリヤスが頼むようなもの、そのままにしておいて少なくとも私にとって愉快な事にはならないだろう。もう必要が無くなった―事実ウリヤスはもうこの世にいないのだからそれを使うものはいない―と言ってもこの『羊飼い』は聞かないだろう。この調子では恐らくウリヤス本人と接触を図る事を要求するはずだ。この男をどうやり込めればウリヤスが頼んだものを奪取できるかと頭の中で考えがら慎重に言葉を選んでいく。
「それでは『羊飼い』さんが何を持って来たのかはウリヤス様に聞くまでのお楽しみにしておきましょう。
それでそれの受け渡しは何時していただけるんですか?大きいものなら搬入の方法を検討しなければ」
「ああ、もう近くまで運んでありますので、ご希望のお時間でお渡ししますよ。大きさはそうですね。貴男より一回り大きい程度の大きさですので持ち込むのもそう難しくは無いでしょう、重量があるので運ぶのにのは人手がいるかもしれません。いや、いっそ起動させてしまえば・・・」
そう小さくいいかけて『羊飼い』は口をつぐんだ。『羊飼い』の笑顔の仮面は浮きすらしなかったがそれでも私の魂の聴覚には『羊飼い』の動揺を聞き取ることが出来た。
「それなりに大きくて重いものなのですね、ならば台車か何か用意させたほうがよさそうですね」
私は聞こえなかった体で言葉を続ける。あからさまに『羊飼い』ほっとしたのが魂から感じられた。
「そうですね、ではお荷物のお引渡しは何時ものように私のキャンプでお待ちしております。場所はこいつが案内させますので準備が出来ましたらこの川にある上流の巨岩の所でお待ちいただけますか?」
そういって『羊飼い』は自分の足元に座る巨大な犬を指した。犬は自分が指されたことに気が付いているだろうに驚くほどに無反応だ。訓練された犬ともまた違う。
強いて言えば、嫌なこともも不服なことも全てを諦めて右から左に受け流しルーティンワークに準じる疲れた作業員に似ているなと私は思った。
少なくとも奴隷商がホワイト企業であるはずもないだろうからそうそう間違ってもいないかもしれない。
私は魂レーダーをつかって周囲に『羊飼い』とその手先の犬達が完全にこのあたりからいなくなったのを確認するとセラの隠れている場所まで戻った。
セラは木の陰に座り込んで待っていた。いや、座り込んでいるのではない。縮めた体が細かく震えている、へたり込んでいるのだ。
『羊飼い』が一年前に神官たちに奴隷を売ったのならばそれはセラのことだ。私は体を縮め左手で自身の背中を握り締める掌を撫でた。セラの手は驚くほど冷たくなっている。セラの左手の下。背中の右側、肩甲骨の辺り、そこにはセラが奴隷だった頃に刻まれた隷属印がある。
『羊飼い』が痛みに耐える犬にふれたのと同じ場所。
セラの掌に血の気が戻るのを感じながら、私はあの巨大な犬の魂を思い出していた。『羊飼い』がつれていた他の犬とも違う魂の形。あの魂の形は私とセラが森の中で見かけた、二股の猫の魂に似ていた。




