48.外へ!
洞窟の外には森が広がっていた。
緩く傾斜のついた地面の一角から小高い山がずぐりと盛り上がっている。その山の一部にぽかりと穴が開いていて、そこが私 が休止していた洞窟の入り口だった。
元々神殿が何かだったような彫刻の施された柱を備え付けられた入り口は蔦に覆われ来る人もいない廃墟のような寂しさを醸し出していた。
が、そんなはずは無い、現にこの洞窟には80人近くの人間が寝起きしていたのだ。実際蔦をどけて見てみると古そうな入り口の積石は年相応の経年劣化が見られるが植物にはそこまで浸食されておらず堅牢な作りをいまだ誇示していた。
蔦の類は全て入り口の上の部分に植えられ垂らされているらしい。もちろんそうやって意図的に植物を植えられているだけあり、一見してそうと知らなければ、ここに洞窟があるとは外からではわからない。
こんな工作をしたのはもちろんここに住んでいた神官達だ。彼らはよほどこの場所を自分たち以外に人間に見つけられたくなかったらしい。
その証拠に洞窟のすぐ奥には小さな祭壇室が設けられていた。
もし休止中の私 の圧力をものともせずにここまでたどり着き洞窟を見つけ、何の知識も無く洞窟に中に入った者がいれば洞窟の通路をまっすぐ進みこの小さな朽ちた祭壇室にたどり着くだろう。そしてこんな辺鄙なところにある小さな神殿なら来る人もおらず打ち捨てられるのも道理だと思うのかもしれない。
だかそれらの全ては神官たちの住処を知られないための巧妙な偽装だ。祭壇室の規模の割に広い通路は馬車が通れるサイズに設計されており、さらに祭壇室の一方の壁は壁全面を動かし奥へ進める構造になっている。
よくこんな大がかりな物を作ったものである。
だが残念ながら祭壇室の壁は内側からしか開閉ができないので今や開け放たれている。
もともと魔法を使うか大人数で力任せに動かすことでしか開閉できない扉は私とセラだけでは何ともできないのだ。
私とセラは開けっ放しになった扉から祭壇室へ、祭壇室から洞窟の外へと出ていく。
森の中、太陽光は木々にさえぎられむき出しの地面に光の染みを落す。
私は初めて味わう外の空気を体全体に吸い込むように深く息をした。青々とした緑と湿った土の混ざり合う独特な匂いが鼻腔を支配する。もうお昼だというのに植物しかいない森の空気は澄んでいてひんやりとしていた。
洞窟の外に危ない生き物がいないことが確認できたので私とセラは外がどんなものか散歩がてら見に来たのだ。数日前までソウルイーター歩行器が手放せなかったセラも今では、自分の足だけで立って歩いている。きちんと自分で歩けないと外へは危なくて連れていけないと告げたところ、よっぽどショックだったのが必死で一人で歩く練習をし、今では歩きにくいでこぼこした森の中もすいすいと進んでいる。逆に森の中など歩きなれない私の方が足元が危ないぐらいだ。
私は用無しになった私 を久しぶりに首に掛けながらすたすた進むセラの後ろをゆっくりと追いかけていく。今日は洞窟の周辺を散策するつもりなので決まった目的地もないし、特に森が続くだけの地形なので森歩きに慣れているらしいセラに先行させても特に問題はないだろう。
長く私の圧力に晒され続けたこの一帯は動物もあまり寄り付か無いが植物はのびのびと育って背の高さを競い合っている。日の光はその葉の隙間から漏れ出るだけだが洞窟暮らしに慣れた私とセラには十分な明るさだった。
「あっ」
セラが声を上げた私を振り返る。私はセラに木の上を指示した。私とセラの前方、木々の枝の間、黒い塊が蹲っている。逆行になって見えずらいがソウルイーターの感覚がその塊を命あるものだと伝えてくる。
「ねこ・・・?」
私の言葉にセラがうなずく。白と黒の2色模様のネコは悠々と枝にすわりこちらを見下ろしていたがやがて飽きたのかそのまま器用に枝の上で居眠りの姿勢をとった。黒い尻尾が2本ふよりと揺れる。
まぁ、魔法もソウルイーターもいる異世界なのだから、ネコに尻尾が2本あるだけで驚いてはいけないのかもしれない。そう思ってセラの方へ視線を向ける。セラの目にも2本の尻尾が止まったようで、その表情は何時もの無表情からいまいち微妙な顔へと変化している。「ねこ?」もう一度聞くと今度はセラは疑問符を浮かべたまま頭をこてんと横に倒した。
どうやらこの世界のネコは尻尾が2本もあったりする訳ではないらしい。




