40.ソウルイーターの洞窟暮らし1
11/23この世界の人が皆魔法を使えるならフィオレが魔法を使えないのはおかしいですね。訂正しました。
洞窟の朝は早い。
この世界の水道設備普及率はとても低くこんな洞窟暮らしの私たちがその恩恵にあずかれるはずも無く朝一番の私の仕事は井戸に水を汲みに行く事だ。井戸は私達が寝床にしている建物の裏にある。この住居は焼け残った神官宿舎の中から比較的綺麗なものを選んだだけだったので元々井戸など無かったのだが―というかここに住んでいた神官たちは魔法で水を呼び寄せることができたのでそもそも井戸自体の数が少なかった。―この洞窟には豊かな水脈があるそうで何処を掘っても井戸になるのだ。日本か。そんな訳で魔法の使えない私が簡単に水を汲めるようにもともとあった井戸の釣瓶を解体して住処の裏に移設したのだ。
私は勝手口から水瓶を抱え井戸までやってくると井戸の中に水瓶を放り込んだ。
私の手から離れた水瓶は重力に従って井戸の中を垂直移動し、激しい水音を響かせなかった。ソウルイーターの体で出来た水瓶は私の意志の元、水面に軟着水し、そのままその体を水面に沈めていく。水瓶にほどほどの水が溜まった事を確認すると私は水瓶を浮上させ井戸から脱出させた。持ってきた布で水瓶の側面の水を拭くと、そのままふわふわ浮遊させながら開けてある勝手口から室内に移動させ台所の水瓶台に着陸させる。
もちろん井戸には手動で水をくみ上げるための滑車着きのロープと桶がついているのだがそれで水瓶を一杯にするのは、結構な重労働なので私は早々にこの方法を考えた。ウルイーター水瓶を動かすためにそれなりに魂を入れておかなければいけないのだが今のところ魂には困っていないのでけちけちせずに使うことにした。
私の体はどうやら魂を燃料にして動いているようなのだが基本的に一番魂を多く使うのは『魂狩り』や『精神支配』のような技能、次いで『魂吸収』や『肉体吸収』、『肉体運用』の特性の順で魂を消費する。さらに自分で飛んだり、物を運んだりしても魂は消費されているようだ。魂が無くなれば私の意識は遠くなり、恐らく最初にこの洞窟に封印されていた時の様な休止状態になるのではないかと思う。こう考えると魂は私にとってMPでありHPであり、ついでにSPのような感じでもある。
ただまあSPとして使う分には消費は非常に少ないのであまりそこは気にしなくてもいいだろう。
そんな訳で初期投資を払ってソウルイーターの水瓶を作りさえすれば後は魂の消費を気にせずいくらでも水をくみ放題になるのである。
欲を言えばポンプ式の井戸ならいちいち水瓶ごと水に沈めて水瓶の外側が濡れる事も無いのだがこの居住区には釣瓶式の井戸しかなかったのだ。そもそもこの世界にポンプ式の井戸があるのかどうかもわからないし今は諦めよう。
水を汲み、朝食の用意をするために火を起こす。私は腰紐に下げていた皮袋から小さな宝石を取り出して意識を宝石の中に閉じ込めてある魔力に向ける。魔力が自身の制御にある事を確認すると台所の棚にピンで留めている紙に書かれた言葉をはっきりとした声で口に出していく。魔力が私の言葉に乗り火種を生み出すための設計図の上を走り出す。
生活魔法と呼ばれる魔法の中で火を起こすこの魔法はこの国に住む者たちなら子供のころから教えられすぐに使えるようになるものだという、それこそ電気のスイッチを入れるかのように誰でも使えるものだ。
しかし今私の前には何の反応も示さない焚き付けと、行き場をなくして霧散する魔力がある。
誰も見ていないのだから気にすることはないのだが、私は一抹の気まずさを覚えながらもう一度同じ工程を繰り返して火種を発生させようと試みる。
私以外の誰かが魔法を使う時に唱える呪文はソウルイーターの耳には意味を持った言葉に聞こえるのだが私が日本語で同じ意味の言葉を言ってももちろん魔法は発動しない。何故なら魔法は言葉の意味ではなく言葉の音その物が魔法の設計図になっているからだ。もちろんなれれば音なしでも魔力を設計図通り組み立てることも出来るはずだがそんなのは何十年と魔法に携わってきた者ぐらいで、普通は大なり小なり皆口から流れる音を頼りに魔力を組み立て魔法を発動させるのだ。そんなわけで子供にさえ鼻で笑われるほどの素人の私は一生懸命耳コピした呪文を諳んじている最中なのだ。
結局炭に火が付いたのは5回目のリトライでだった。これでも初めて試したときは20回やっても火は着かなかったのだから上達しているのは分かるのだが残念ながら魔力生成器官の無い私には魔力は有限だ。いくら一回一回の使用する魔力自体が少なくてもこれぐらいは一発で成功出来るようにならないと魔力がもったいなくてしょうがない。
私は苦労して着けた火種を消さないように炭に移すとゆっくりと扇で仰いで空気を入れ、火を大きくさせていく。
この世界の文化水準が今だ不明なのだが私たちが住処にしている住居の台所はガスコンロ等無く壁と一体化している暖炉で煮炊きをする構造になっているらしい。今はそこまで熱い時期ではないので煙管は閉じて暖炉の煙は外に排出されているが、冬になって煙管を繋げれば寝室を中心に部屋の内部を暖める構造になっているようだ。形としてはロシアとかの竈ストーブのペチカに似ているのでは無いかと思う。
という事はつまりこの地域はロシアかそれに順ずつ寒冷地なのかも知れない。真冬になったら井戸水が凍ったりしないだろうか・・・・?
「ミコト」




