4.こんにちは世界
目を覚ました私は手をつき体を起こそうとして―失敗した。胸の奥が痛い、限界を超えて走り抜けた後のように心臓と肺が悲鳴をあげている。手足は鉛のように重く冷たく動かない。ぎしぎしと痛む全身に血液をいきわたらせるように指先からゆっくりと動かしてゆく。全身についた錆びがぼろぼろと剥がれていく様な快感にも似た感触に浸ることしばし、ようやっとぎこちなくだが体が動くようになった。
今度こそ本当に手を床につき体を起こす。べとつく顔を手でぬぐうと泥の味が口の中に広がった。どうやら口が開いたままだったらしい。ひりつく喉に触れると手のひらを通して血管が波打つのが伝わってきた。
自分は一体何をしていたのだったか、頭がぼんやりとして思い出せない。確か…確か…ここから出ようと思っていたのだ。そうだ、ここから出る、この洞穴から。洞穴?この暗闇に支配されている場所は洞穴なのか?何故見えもしない場所が洞穴だと思うのだ?
体を支える手に思わず力が入る、その瞬間指先に痛みが生じた。思わず目の前に持ってくるがやはり見えはしない。見えはしないが爪の隙間に小石か何かが入り込んでいる感触が有る。そうだ、自分が寝ていた床はどうやらむき出しの地面のようだ、それもアスファルトやコンクリート等ではなく土、どこか湿り気を帯びた土だ。風もなく空気が停滞して淀んでいる、肌寒く感じるのは体が冷えているだけではなく実際にこの空間の温度が低いせいだろう、地下室のような静かな冷たさ。
なるほど、確かにここは洞穴なのだろう。して、どうやってここから出ればいいのだろうか?どうして自分がここにいるのか思い出せないが誰かに閉じ込められたのではないのなら自分が入ってきた入り口があるはずだ。
しばし自分を抱きしめ体を暖めると手探りで適当な方向へと進む。あまり洞穴の中は広くは無かったようでたいした苦労もせずに洞穴の壁の中腹にぽっかりと空いた穴にたどり着いた、縦穴というには傾斜があるが這って登れるほどのゆるい傾斜でもなさそうなので手足と体で穴を突っ張りながら上ることにする。穴の先が本当に出口なのか、穴を出た先は安全なのか等思うところは多いがとにかく早くここから出ろと私の頭の中の何かが囁いてくる。それは本当に幽かな声だが不思議と抗うことができない。
縦穴は意外と長かった、自分がこの穴から洞穴に入ったのであるなら目が覚めたときに体が痛かったのもうなずける。きっと穴をすべり落ちて床に叩きつけられたのだろう。そんなことを考えながらもそもそと穴を登っているとゆっくりと目の前に何かが浮かび上がってきた。
青黒い色の紋章。
真っ暗闇の中突然浮かび上がったそれに私はどういったことかたいして驚きも無く、それを見つめていた。いくつかの層になっているその紋章の最前層にゆっくりとふれるとひりひりと指先が痛んだがそれだけだ。嫌悪感と痛みにさえ耐えれば我慢できないことは無いそのまま紋章の真ん中に指を差し込むとぴりっとした痛みと共に紋章が消え去った。指先には紋章に触れていた部分が輪になってヒリヒリと痛んでいるが動かすのには支障のない痛みだ。なるほど原理は不明だが指先を犠牲にすればこの紋章は消せるらしい。同じようにいくつかの紋章に指を突っ込んで消してゆく、中心層のひときわ大きな紋章に指を入れるときはいささか不安があったが特に問題なく同じように消えていった。きっと指先は傷だらけになっているだろう、痛いのでなるべく早く手当てをしたい。
そうこうしているうちに総ての紋章を消して私は穴の外へ這い出る事に成功した。外に出ることには成功したが、洞穴の外はまたもや明かりの無い洞穴だった。さて、頭の中の声ももはや聞こえない。私はこの暗闇の中どうすれば良いだろう?




