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38.ある少女の朝

 もう目が覚めないと思っていた朝が来た時、私は何か暖かいものに包まれていた。最初はフィオレに抱きしめられているのだと思った。

 彼女はみんなの中で一番小さい私にかまいたくて仕方が無いらしい。起きているときは怖い時もあるけど抱きしめられて眠るのはあったかくてやわらかくて気持ちがいい。


 でもすぐに違うと気が付いた。私はもう皆とは会えないところにつれて来られた筈なのだ。私を連れて来た人はそんな事を言っていた。フィオレも偉い人がそんな事を言ってるのを聞いたって言ってた。

 だからここは何時もの寝場所じゃないし今私を抱きしめているのはフィオレじゃないはずだ。だってもう私は皆に会えないはずだから。私はもう私じゃなくなっちゃったはずだから。


 そう話を聞いたときはすごく怖くて苦しくて泣きそうだったのに今はすごく暖かいし気持ちいいし安心する。

 フィオレみたいに柔らかくもないし良い匂いもしないけど、暖かくて―音がする。

 どくんどくんと耳を打つ音がする。誰かが生きている音。ここには私一人じゃないって分かる音。


 私はゆっくり目を開けた。


 私を抱きしめている人は、私を抱きしめてまだ眠っていた。フィオレみたいに黒い髪だけど癖の無いまっすぐな髪、顔はあまり見たことの無い形をしているけれど不思議と全然変な感じがしない。目や鼻や口があるべき場所にきちんと収まって見ていて気持ちのいい顔をしている。

 女の人にしてはやわらかくないし、男の人にしてはごつごつして無い、性別のわかりにくい人だと思ったけどその人の着ている服に気が付いた。この人は男の人だ。だってこの服を着ている人は男の人しかいないって教えられた。

 男の人に抱きしめられたりした事は何度があったけど、この人に抱きしめられるのは全然嫌じゃないし気持ち悪くない。なんでだろうと考えていたら私を抱きしめている人が目を覚ました。今だ夢うつつの様な表情をして私を見ている。


 「おはよう」


 思っていたよりもはっきりした声でその人は私に声を掛けた。高くも無く低くも無い声だけど優しい響きのある落ち着いた声だ。

 私は返事を返そうと思って声を出したけれどはくはくと動いた口はほとんど音を出さなかった。

 その人は気にしなくていいよいう風に私の頭を撫でた。何だがむず痒くて、でもそれが心地よいような不思議な気分になる。


 そして、ふと気が付いた。この人の触り方はフィオレと同じだ。


 「フィオレは?」


 思わず飛び出た言葉はやはりほとんど声にはならなかった。それでもその人は聞き取る事が出来たようで悲しそうな顔で彼女はもう遠くへ行ってしまったと言った。もう会うことは出来ない。フィオレだけじゃない、他にも沢山いなくなってもう私が知っている、会える事のできる人はいないと教えられた。


 悲しかったけれど、そうかとも思った。だってもう会えなくなるってわかっていたし、今までも連れて行かれてもう会えなくなってしまった人は沢山いた。私よりも小さい子だったり、優しくしてくれた人だったり、意地悪な人だったり。私自身だったり。そんな事が今まで沢山あって、もう私たちは慣れっこになってしまった。

 なら次は私の番なのだろう。皆がすでに何処かへ行ってしまったのなら次に何処かへ行くのは私の番だ。今度は何処へ行くのだろう。せめて光が当たるところならばいい。ここは日も差さないし、風も吹かないじめっとしててうすら寒い場所だった。


 「私は何処に行くの?」


 やっぱりほとんど声にならなかった言葉はそれでもこの人には正しく伝わったようでその人はゆっくりと首をふった。


 「何処にも行かないし、連れて行かないよ。君が自分で何処かへ行きたいと思うまで」


 何を言っているんだろう、この人は。私たちが自分で好きな場所へ行ける訳がない。だって、だって私は―奴隷なのだ。


 「そうだね、でももう君を使役する人はいなくなった。だからもう君の主人は君だけだ」


 だから君は好きな場所へいっていいとその人は言った。


 「もし君が誰かの物になりたいと思うのなら君が自分自身で探すがいい、君が互いが互いの所有物となりと思う人を見つけるといい、それまでは私が君の身柄をあずかろう。

 それが私に君を託した人の願いだから」


 「私を貴方に託した人は誰?」


 その人は笑って私の頭をなでるだけで、その問いには答えてくれなかった。

 そして、しばらくして問いかけてきた。


 「そういえば、私達はまだ互いの名前も知らないな」


 教えてくれる?と問いかけるその人に私は暫く喉をなでてから口を開いた。初めてきちんとした声が出た。


 「私の名前は―」


 

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